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恒例地図配布活動 - 北沢川文化遺産保存の会

2019/03/08 (Fri) 21:31:01



















桜祭りでの文化地図配布活動

 予定 3月30日(土)、3月31日(日)
 場所 代沢小坂口安吾文学碑前
 時間 10時から15時30分
 準備 9時30分から準備を行いたい。坂口安吾文学碑前
 
 今回配布するのは、下北沢戦後アルバム、紀要七号など。机椅子については運んでもらうよう交渉するが、駄目な場合は手持ちで運ぶ。人手が要ります。ぜひ手伝いを。
車運搬は不調に終わった。人海戦術で行うしかありません。しかし、例年からすると朝の準備は人があつまりません。それでつぎのようにしたい。
・一人のみの集合であれば椅子2脚のみ運んで配る。
・二人の場合は、椅子4脚で始める。
・三人集まれば机1脚、椅子4脚で始める。
 代田信濃屋から坂口安吾文学碑前まで椅子机を運ばないとできない。

◎一番いい方法を考えつきました。
  ブルーシートを敷いての出店です。椅子机を運ぶ手間が要りません。 

東京農大オープンカレッジ - 北沢川文化遺産保存の会

2019/03/06 (Wed) 08:01:26

折り込み新聞広告に入っていました。「世田谷代田学」をやるそう。ダイダラボッチも入るのでしょうか。

Re: 東京農大オープンカレッジ - きむらたかし@三田用水 URL

2019/03/07 (Thu) 00:34:19


http://www.nodai.ac.jp/society/learn/extension/

によれば

>2019年度前期講座は5月~9月実施予定です。

>講座詳細の更新は3月下旬ごろを予定しております。

とのこと


下北沢駅・小田急/京王改札分離 - きむらたかし@三田用水 URL

2018/12/25 (Tue) 19:48:34


















〔乗りものニュースの…〕

「下北沢駅、小田急と京王で改札分離へ 「中央口」をそれぞれ新設」
https://trafficnews.jp/photo/82475#photo2
によれば、京王井の頭線と小田急線の改札口が分離され、それぞれの「中央口」改札を出て乗り換える形態になる由。

下北沢地区の、ある商店会の役員さんのお話では、これは京王側の要望によるもののようですが、シモキタにとっては、乗換え客も一旦改札を出てくれることになるので「一つのチャンス」と捉えている由。

Re: 下北沢駅・小田急/京王改札分離 - きむらたかし@三田用水 URL

2019/03/05 (Tue) 22:29:12

〔なるほど〕

京王電鉄が下北沢駅の改札口を分離したかった動機の一つがわかりました。

井の頭線下北沢駅で当社初となる
対話型AI窓口案内ロボの試験運用を開始します!

https://www.keio.co.jp/news/update/news_release/news_release2018/nr190305_shimokitazawa.pdf

Dr, Austin & Mr. Iida's picture brochure. - きむらたかし@三田用水 URL

2018/03/25 (Sun) 17:49:46




















[mision cumplida]

下北沢文士町文化地図別冊「焼け遺ったまち 下北沢の戦後アルバム」

Post Editing page

懸案の、オースティン博士の写真と飯田氏の絵を掲載した小冊子「下北沢の戦後アルバム」、北沢川緑道の桜の開花に、ぎりぎり間に合い、24、25の両日配布されました。

オースティン博士が写真を撮った昭和21年から25年当時、日本人にとってモノクロ・フィルムでさえ入手しにくく高価だったという面も確かにあるのでしょうが、改めて見返してみると、どれも、日本人にとっては「至極当たり前で、日常的」すぎる光景ですので、わざわざレンズを向ける日本人は(マエストロ木村伊兵衛あたりは別かもしれませんが)まず、いなかったはずです。

その意味で、外国人だからこそ遺せた「都市民俗」の記録なのだと思います。

Re: Dr, Austin & Mr. Iida's picture brochure. - きむらたかし@三田用水 URL

2018/03/28 (Wed) 09:45:03

【表紙】





























【追記】
このBBSでは、いわば「表現力」に制約がありますので
「下北沢の戦後アルバム」
の「正誤表」や「編集者追記」は、こちら
http://baumdorf.cocolog-nifty.com/gardengarden/2016/08/post-9fe0.html
で対応することにしました。

【インデクス】
表示されるページ中の画像をクリックすると大きな画像が表示されます

01:北口駅前から北方向〔「パン近江屋」=現・カルディのビル〕
http://digital-collections.ww2.fsu.edu/omeka/items/show/781

02:北口駅前通り〔「近江屋不動産」=現・横浜銀行のビル〕
http://digital-collections.ww2.fsu.edu/omeka/items/show/679

03:(現・一番街)本通り 元・宮田家具店
http://digital-collections.ww2.fsu.edu/omeka/items/show/691

04:(現・一番街)本通り〔正面奥が「宮田家具店」〕
http://digital-collections.ww2.fsu.edu/omeka/items/show/759

05:(現・一番街)本通り「稲毛屋金物店」
http://digital-collections.ww2.fsu.edu/omeka/items/show/769

06:(現・一番街)栄通り最北端・本通り手前
http://digital-collections.ww2.fsu.edu/omeka/items/show/645

07:(現・一番街)写真06の撮影位置から南方向を撮影
http://digital-collections.ww2.fsu.edu/omeka/items/show/729

08 :(現・一番街)栄通り北から4分の1あたりを南方向から
http://digital-collections.ww2.fsu.edu/omeka/items/show/761

09 :(現・一番街)栄通りキクヤ文具店の店頭
http://digital-collections.ww2.fsu.edu/omeka/items/show/637
左右反転

10 :(現・一番街)栄通り南から4分の1あたりを南方向から
http://digital-collections.ww2.fsu.edu/omeka/items/show/747

11:(現・一番街)栄通り南端(東北沢6号踏切)
http://digital-collections.ww2.fsu.edu/omeka/items/show/771

12:(東通り)現・オオゼキ~駅南口の小田急線東沿いの道を北方向から〔架線柱は「帝都線」〕
http://digital-collections.ww2.fsu.edu/omeka/items/show/739

13:下北沢駅南口駅前〔右端の「果実丸万」=現・マクドナルド〕
http://digital-collections.ww2.fsu.edu/omeka/items/show/713

14:南口通り商店街〔現・DOCOMO・Softbankの間の横道の向かい〕
http://digital-collections.ww2.fsu.edu/omeka/items/show/725

15:南口通り商店街 〔現・ミスタードーナッツの角〕を北から〔元「政府の配給」との解説付き〕
http://digital-collections.ww2.fsu.edu/omeka/items/show/639

16:「砂場」南隣の八百屋店頭〔イチゴの木箱が懐かしい〕
http://digital-collections.ww2.fsu.edu/omeka/items/show/617

17:南口通り商店街「砂場」南方を南方向から
http://digital-collections.ww2.fsu.edu/omeka/items/show/779
左右反転

18:南口通り商店街南端付近を北方向から〔画面奥の支柱付きの電柱の場所が膳場青果店〕
http://digital-collections.ww2.fsu.edu/omeka/items/show/745
左右反転


Re: Dr, Austin & Mr. Iida's picture brochure. - きむらたかし@三田用水 URL

2018/03/31 (Sat) 21:43:37

[Editor's post Information]

写真15:南口通り商店街 〔現・ミスタードーナッツの角〕を北から〔元「政府の配給」との解説付き〕
http://digital-collections.ww2.fsu.edu/omeka/items/show/639
の店入口の右の真新しい木の看板の真ん中の文字。

このリンク先
http://www.chidori-ya.co.jp/hp/profile/history.html
冒頭右の写真を参考にすると、

「食糧配給公團東京都支部委託製麺所」

と読み取ることができ、これで「ウラ」が取れました。

なお、関連新聞記事
「食糧営団配給・貯蔵に一貫性 主要食糧確保 国民生活に絶対安定感」
http://www.lib.kobe-u.ac.jp/das/jsp/ja/ContentViewM.jsp?METAID=10027453&TYPE=IMAGE_FILE&POS=1

冊子の「あとがき」にも書いたとおり、やはり、「写真を拡大して観察する」と情報は無限に引き出せます。

Re: Dr, Austin & Mr. Iida's picture brochure. - きむらたかし@三田用水 URL

2018/04/01 (Sun) 07:16:44

Dr.Austin の著書

https://www.goodreads.com/author/list/7093647.Oliver_L_Austin_Jr_

Re: Dr, Austin & Mr. Iida's picture brochure. - きむらたかし@三田用水 URL

2018/04/01 (Sun) 07:22:38

〔佐藤洋一教授@早大 制作の…〕

ヴィデオ・クリップ
https://www.youtube.com/watch?v=ZmEixljWQuA&t=

冒頭近くに、北沢八幡のお祭り【四五睦の神輿・お神酒所】の画像が発掘されています。

Re: Dr, Austin & Mr. Iida's picture brochure. - きむらたかし@三田用水 URL

2018/04/01 (Sun) 08:21:59

〔毎日新聞〕

2018/03/29の記事

占領下の日本 カラー1000枚 撮影場所はどこ?
https://mainichi.jp/articles/20180329/k00/00e/040/252000c

Re: Dr, Austin & Mr. Iida's picture brochure. - きむらたかし@三田用水 URL

2018/04/02 (Mon) 20:13:58

[Editor's post information]

07:(現・一番街)写真06の撮影位置から南方向を撮影
http://digital-collections.ww2.fsu.edu/omeka/items/show/729

オースティン写真の中央に、薪を背負った男性がいます。

終戦直後とはいえ、市街地で薪というのも、当初は変に思ったのですが、よくよく昔を思い出してみると、通常の「煮炊き」にはまず間違いなく都市ガスを使っていたはずですが、この時代、風呂だけはまだ薪や石炭で炊くのが普通だったはずです。

筆者の体験でも、昭和36年に世田谷北沢の当地に引っ越してくる前、大井町に住んでいたころは、風呂は薪や石炭で炊いていました
・庭の端に薪や石炭の置場があって、「お手伝い」で風呂を焚いているとき、足りなくなるとそこに取りに行った。
・毎月だったか3月に1回だったか「煙突掃除」の気のいいお爺さんが来て、巨大な試験管洗いみたいなブラシで、煙突内の煤を掃除してくれた。ほおっておくと、煤に着火してプチ火事になる由
・日本で民放のテレビ放送が始まったのは1953年だそうですが、たしか、物心ついた1955年ころには、東京ガスが、ガス風呂釜のCMを流していたと、おぼろげながら記憶しています。

Re: Dr, Austin & Mr. Iida's picture brochure. - きむらたかし@三田用水 URL

2018/04/03 (Tue) 20:24:46

[Editor's post information]

「それらしい」写真のうち、18枚までは撮影位置・方向が特定できたので「焼け遺ったまち 戦後の下北沢」の発刊にこぎつけることのできた、オースティン博士撮影の下北沢の写真なのですが…

残る2枚のうち1枚が

http://digital-collections.ww2.fsu.edu/omeka/items/show/711

のお茶と海苔の店。

"Shimokitazawa"とのキャプションが付いていますが、どこにあったお店なのか、てがかりがありません。

 しかし、今日、米澤氏の示唆があったのは、店の左端近くに立っている黒漆塗りの柱に写った光景。

 これを
1 切り出して
2 拡大し
3 このままでは鏡像なので、左右反転して実像にし
4 コントラスト・レベルを調整すると…

赤丸の部分、色といい、形といい、周囲から抜きんでた高さといい

「東京ジャーミー旧館」
 http://digital-collections.ww2.fsu.edu/omeka/items/show/799
にしか見えないのです。

 そうだとすると、まだ仮説ではありますが、このお茶屋さんは、水道道路と都道鮫洲大山線との交点の大山交差点の北西。 つまり、オースティン博士の官舎のほんの筋向いということになります。

                  きむらたかし

Re: Dr, Austin & Mr. Iida's picture brochure. - きむらたかし@三田用水 URL

2018/04/06 (Fri) 15:46:05

[九段の昭和館に…]
今日の午前中に時間ができ、先方に連絡をとり、先方も時間が空いていたので、まず先に東急文化村の「猪熊弦一郎展 猫たち」を見てから、半蔵門線で九段下に回り、オースティン博士の写真展「希望を追いかけて」を見に行ってきました。

・「下北沢の戦後アルバム」が、一部パネル化されて、会場外側の通路に、「撮影地情報求む」のコーナー(このコーナー掲示の写真に「…アルバム」に準じてQRコードを追加した由)に並んで貼り出され、
・会場入口の巨大なAMSマップの左下に、下北沢での撮影ポイントが高密度でプロットされていました。

加えて、会場内に掲示されている、写真05

【 解説付きWEBページ
  http://digital-collections.ww2.fsu.edu/omeka/items/show/769
  写真本体
  http://digital-collections.ww2.fsu.edu/omeka/files/original/d3b2e888c3a4613d23dc424791b778f5.jpg


の前で話し込んでいるお2人の御婦人に、「是非、これを持って、下北沢に遊びに来てください」と「…アルバム」を進呈してきました。


Re: Dr, Austin & Mr. Iida's picture brochure. - きむらたかし@三田用水 URL

2018/04/06 (Fri) 20:20:28

〔九段・昭和館 特別展「希望を追いかけて」〕

入口にある巨大AMSマップ
(参照 http://legacy.lib.utexas.edu/maps/ams/japan_city_plans/index_tokyo.html

赤矢印が、我が「下北沢」関係

Re: Dr, Austin & Mr. Iida's picture brochure. - きむらたかし@三田用水 URL

2018/04/08 (Sun) 05:16:00

[Dr. Austin のカメラ]

を、当方のブログにUPしました。

http://baumdorf.cocolog-nifty.com/gardengarden/2018/04/draustin-e472.html

Re: Dr, Austin & Mr. Iida's picture brochure. - きむらたかし@三田用水 URL

2018/04/11 (Wed) 10:52:51

〔Dr.Austin の世田谷区内の写真 追加特定〕


http://digital-collections.ww2.fsu.edu/omeka/items/show/585
の写真。山下温泉とあるとおり、世田谷線の山下駅近くにあったことがわかりました。

https://goo.gl/maps/vRGmLGWni9n

詳細は、下記をご覧ください。

http://baumdorf.cocolog-nifty.com/gardengarden/2018/04/draustin-263e.html

Re: Dr, Austin & Mr. Iida's picture brochure. - きむらたかし@三田用水 URL

2018/04/15 (Sun) 18:10:35

[下北沢写真のうち…]

02 北口駅前通り〔「近江屋不動産」=現・横浜銀行のビル〕
  http://digital-collections.ww2.fsu.edu/omeka/items/show/679

05 (現・一番街)本通り「稲毛屋金物店」
  http://digital-collections.ww2.fsu.edu/omeka/items/show/769

06 (現・一番街)栄通り最北端・本通り手前
  http://digital-collections.ww2.fsu.edu/omeka/items/show/645

について、ほぼ昭和24年に撮影されたことがわかりました。

委細は

「ギャラリートーク『オースティン・コレクションでの試み 写真のはたらきを考える』」
http://baumdorf.cocolog-nifty.com/gardengarden/2018/04/post-6f33.html

で。

【追伸】
このトークショー。定員20名とのことで、ぎりぎり「在庫」がありましたので、「戦後の下北沢アルバム」と「文化地図7版」を、会場で参加者に配布してきました。
「『昭和館』で見たけど、欲しかったんですよこれ」と声をかけてくださったかたもいますし、主催者側の方からも「下北沢大好きという方が喜んでいた」とのご報告もありました。

Re: Dr, Austin & Mr. Iida's picture brochure. - きむらたかし@三田用水 URL

2018/04/15 (Sun) 20:37:08

【時期ぴったりで…】
先ほど
白根記念渋谷区郷土博物館・文学館
の田原学芸員さんから、今日から始まった企画展のビラが送られてきました。

題して「企画展 昭和20年代の渋谷」

Re: Dr, Austin & Mr. Iida's picture brochure. - きむらたかし@三田用水 URL

2018/04/17 (Tue) 00:37:31

【「下北沢の戦後アルバム」編集ログ】

結構あちらこちらで「いつごろから始まったプロジェクトなのか」とのご質問があり、毎回思い出しながらお答えするのも面倒なので、今日の出張の往復の新幹線の中で、編集ログのデータを
http://baumdorf.cocolog-nifty.com/gardengarden/2018/04/post-4ff1.html
にまとめました。

Re: Dr, Austin & Mr. Iida's picture brochure. - 北沢川文化遺産保存の会

2018/04/17 (Tue) 08:49:09

今日17日 読売新聞朝刊 31面都民版 トップ記事

「戦後写真はどこ?」「GHQの学者撮影」昭和館でのDr.Austin特別写真展紹介、ここに「下北沢で撮影写真18枚区民らパンフ」にで「焼け遺ったまち 下北沢戦後アルバム」がカラー写真入りで紹介されている。

国立国会図書館の献本 - 北沢川文化遺産保存の会

2018/04/19 (Thu) 18:37:36

国立国会図書館から受領書がきた

 もうだいぶ経つ。「世田谷代田地域研究」は、国立国会図書館検索で引っ掛かるが、「焼け遺ったまち 下北沢戦後アルバム」は出てこない、さてどうしたもんか?

 アルバムは永久保存してほしいものだが……

Re: Dr, Austin & Mr. Iida's picture brochure. - きむらたかし@三田用水 URL

2018/04/24 (Tue) 21:58:20

〔Dr.オースティン展に…〕

関連してYouTubeにアップロードされている「今昔ヴィデオ」
https://www.youtube.com/watch?v=ZmEixljWQuA&t=


冒頭部の写真2枚分だけですが、ウラがとれました。

http://baumdorf.cocolog-nifty.com/gardengarden/2018/04/dr-5931.html

Re: Dr, Austin & Mr. Iida's picture brochure. - きむらたかし@三田用水 URL

2018/05/04 (Fri) 21:00:07

〔CX系、明5月5日6:00~8:30〕

「めざましテレビ」

「7時台に放送予定」の由
https://twitter.com/cx_mezamashi

Re: Dr, Austin & Mr. Iida's picture brochure. - きむらたかし@三田用水

2019/02/24 (Sun) 03:34:24

〔今日…〕

東北沢駅前のヤマネカメラさんから連絡がありました。

【写真02】の右端の、「佐藤歯科醫院」

この後、南口方面に移転し(北沢2-11-2)「現役」とのことです。

駒沢線65号鉄塔 - 米澤邦頼

2017/06/01 (Thu) 23:48:03

5月31日 駒沢線65号鉄塔、保守点検作業中です。

Re: 駒沢線65号鉄塔 - 米澤邦頼

2017/06/01 (Thu) 23:51:38

もう1枚

Re: 駒沢線65号鉄塔 - きむらたかし@三田用水

2019/02/24 (Sun) 02:05:33

〔2条の高圧送電線〕

戦前の一時期の地図をみると、代田地区を2条の高圧送電線が縦断しています。

一方が、東電の前身である東京電燈のそれで、もう一方が玉川電気鐡道(当時は、電気事業も営んでいた。なお、東京市街については、東京市電気局も大手の事業者だった)のそれだろう、と見当はついていたのですが、どちらがどちらの送電線かは不明でした。

たまたま、東京都公文書館蔵の
「土地収用事業認定(鉄道敷設並附帯事業)【停車場設計平面図2
停留場設計平面図10 敷設線路実測平面図2 実測図(地籍
図)34 区域標示図】〔荏原□世田谷町大字下北沢字下山谷 日
蔭山 新屋敷 西山谷〕《小田原急行鉄道(株)》」〔[16],[D]D895/305.F6.06 , 305.F6.07〕
中の「中原停留塲設計平面図」を見ていたら、
現・世田谷代田駅のあたりで小田急線と送電線がクロスする場所では
・東側(新宿 寄り)が「東京電燈送電線」
・西側(小田原寄り)が「玉川電気送電線」
である旨明示されていました。

この史料、もう6年も前に入手していたもので、これまで
「ぼおっと生きてた」ことを痛感させられますね、こりゃ。

地図第8版に向けての「合同検討会」 - きむらたかし@三田用水 URL

2018/11/18 (Sun) 22:35:16

北沢川文士町文化地図・第8版の基盤調査

 当会の基盤といってもよい「…文士町文化地図」のベースのマップの変更が避けられいように聞き及びます。
 今まで同地図の印刷を引き受けていただいていた「虫プロセス」が、本平成30年10月末をもって業務を終了したことによるものです。
 画像処理ソフトのデータを譲り受け、別の印刷会社でデータに手を入れて第8版を発行可能かと考えていたのですが、これまで使用されていたソフト(おそらく、アドビ社のイラストレーターと想像しています)のヴァージョンがかなり旧く、また、こそソフトは、いわゆる「上位互換性」に問題があるようで、以前、印刷会社さんによっては、依頼主のヴァージョンにあわせるために、数ヴァージョン前のソフトを保存・運用する必要があるために、その管理やコスト負担が大変だという話を読んだことがあります。

 今後の、9版、10版への対応を考えても、この機会に、ベースの地図をどうするのかを含めて、いわゆる「ゼロ・リセット」の作業になります。

 それならば、この機会に、今までの地図に表示されている各ポイントの再検証をしては、と思います。
 というのも、これまでは、どちらかといえば、新知見を得るたびに、新たなポイントを追加することに気が行ってしまった結果、過去に打ったポイントがどうなっているかの配が薄すぎた面があり「たまたま」判明したものだけに対応していたことは、会のブログのこれまでの記事をみて想像できます。

 すでに「…跡」とされているポイントは史料の再検討にたよるほかないことはいうまでもないのですが、そうではなくて、現行の7版では「現役」であるはずのポイントの中にも、道了尊(眞龍寺)とか文紀堂(古書店)といった「元…」とすべきものもありますし、それ以外のポイントについても、現存しているかどうかのサーベィが不可欠でしょう。

 こうなると「ツアー」というより「巡検」ですが、地図の全ポイントを1つのグループで巡るのではなく(とても、これまでのツアーのような半日では足りる道理がありません)、

1 地図掲載の地域を、いくつかのブロックに分ける
  基本的には、町・丁目で分けれれればよいのですが、ポイント数にバラツキが生ず
  るので、それと、面積などを考慮して、仕訳することになります
2 できれば、12月1日の忘年会に、各ブロックのリーダーとメンバーを決める
3 各リーダーは、(単独でもよいし、新たなメンバーを巻き込ん、独自に「巡検回」
  を行ってもよいので、「4」記載の「合同検討会」までに、
  ・第7版記載のポイントの現状(残っているか、残っていなくても標柱など別の
   痕跡があるか、など)
  ・新たにポイントとする候補はないか
 を調査する。
4 通常スケジュールの、ある第三土曜日を卜〔ぼく〕して、邪宗門世田谷で「合同検
  討会」を開催する
   高齢化が進んでいる当会の場合、厳寒期に巡検をするのは無理があるので、5
   月の(大)連休中の1日を使って巡検に充てることも可能なことと、新天皇即位
   後である5月の第三土曜日が一番適切と思われる。
5 「合同検討会」では、解体直前の代沢小学校からレスキューしてリペアし、現在
   邪宗門に保管されている
  「文化地図の大掛図」
   http://kimuraken.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=5612869
  を使用して、各ポイントの取り扱いを議論する。

という段取りが適切と思います。

地図第8版用「巡検用マップ」 - きむらたかし@三田用水

2018/12/06 (Thu) 02:28:15






























7版地図に気の付いたところ
・豊世稲荷跡
・吉祥院跡
・見晴荘跡 新見南吉+白秋門下〔巽聖歌/与田純一/薮田義雄〕
・永瀬清子旧居跡(推定)
・店舗、寺院、人道跨線橋など消滅分
だけ増補改訂をしてあります
プリントアウトして巡検用にお使いください

【181210追記】
喫茶マサコ跡
古関裕而旧々居跡
倉金章介旧居跡
三峯社跡

こうやって「縮めて」みると… - きむらたかし@三田用水

2018/12/06 (Thu) 10:42:29

・代田の
  環七(旧堀之内道)西のとくに世田谷代田(中原)周辺
  淡島通(旧滝坂道)周辺
 が手薄なことがわかります。

 どちらも「古道」沿い、とくに後者は比較的早い時期からバス(日東乗合→玉電バス)が通ってましたので、打つべきポイントが「無いはずがない」

代田のマッピング・パーティーに期待したいところですね。

(北沢も
 現4・5丁目は、京王線笹塚エリアでもあり、とくに震災直後から一気に拓けていますので、同様かと)

Re: 地図第8版に向けての「合同検討会」 - 北沢川文化遺産保存の会

2018/12/06 (Thu) 16:55:31

記録として
・萩原朔太郎・洋子→葉子に
・古関裕而 ①代田3丁目38番地 番地は佳仙さんが知っているので確かめないと。
・要望として 喫茶「マサコ」は載せてほしいと。
・倉金章介 代田2丁目 古老のおばあさんに教えてもらったが忘れた。

〇古関裕而①から②への転居は昭和28ということになりますね。これは貴重、色々な人が訪ねているのですが、①か②か分からなかったが、これではっきりしました。

*別件、北沢川文化遺産保存の会、この年末は150号となります。感想コーナーを設けますので短くて結構です。メールで私に送るなり、ここに書いてもらっても構いません。4ページ埋めるのに苦労しています。

Re: 地図第8版に向けての「合同検討会」 - きむらたかし@三田用水 URL

2018/12/06 (Thu) 23:49:52

〔倉金章介〕

旧・代田1丁目635番60
現・代田2丁目7番16号あたり

「あんみつ姫」の作者ですね。
中原美紗緒さん主演のテレビドラマ、妹が大好きでした。
中原さん、調べてみると、叔父さんが中原淳一、したがって義理の叔母さんが葦原邦子!

一方、ドラマの方は
太宰久雄(殿様)、三崎千恵子(奥方)、渥美清(奴せんべい)
「寅さん」かいな…



Re: 地図第8版に向けての「合同検討会」 - きむらたかし@三田用水

2018/12/07 (Fri) 00:26:03

〔古関裕而@S28/S33/S41/S55/S60/H01/H05(遺族)〕

旧・代田2丁目681番〔→668番に合筆〕80
現・代田2丁目28番6

〔古関裕而@S12/S15/S17/S22〕
旧・代田1丁目408番
現・代田3丁目26番〔以下不詳〕

【画像はS22毎日年鑑 p.568】

「売れっ子作曲家」のため、弱冠29歳で高額所得(納税)者になったためと思われますが、昭和12年度から交詢社の日本紳士録に載っています。

【追記】
S27の読売年艦 p.564 掲載の住所は、681 でした。



【追々記】
S22-26の日本紳士録は、国会図書館に蔵書されているものの、閲覧やコピーの待ち時間が「カッタルイ」のでどうしようかと思っていたのですが、開架に蔵書されていてセルフコピー可能な場所を思い出しました。早ければ来週前半に「ピン」ポイントは無理ですが「年」ポイントでは転居の時期が特定できるかもしれません。

Re: 地図第8版に向けての「合同検討会」 - きむらたかし@三田用水

2018/12/07 (Fri) 12:35:26

〔こんな人が…〕

出てきてしまいました。

吉田正(作曲)世田谷区代沢 2 - 22 -13
 音楽年鑑 1976

【追記】
つい、この間までテレビでみていたように思ったのですが、実は、
From:1921年1月20日 Till:1998年6月10日
なので、地図に掲載OK

Re: 地図第8版に向けての「合同検討会」 - 北沢川文化遺産保存の会

2018/12/08 (Sat) 09:22:54

印刷屋さんから得た情報

 まっさらな地図に情報を書き込む場合は旧版7版の見てこれを移していく作業がある。一つ一つを見て行くのは大変な作業だ、文字が小さいし写し間違えがある。その場合、あらかじめ情報があった方がいいはずである。

 つまり一覧表を作っておく。北沢一丁目 「萩原朔太郎旧居①」とかがあると助かる、これをコピーして貼り付けるとのこと、その表があれば作業が効率化されるとのこと。

 各町の一覧表づくりは普通の人でもできるように思う。ただ新しい所は、北沢2-20-2 珈琲店「マサコ」跡というふうに住所を記入しておく必要がある。
 参考にされたい。

古関裕而の転居時期 - きむらたかし@三田用水

2018/12/10 (Mon) 13:19:52

〔前記の某所では……〕

刊次が飛び飛びで「年」ポイントでのトレースはできませんでしたが…

人事興信所 S25/04/15刊の「人事興信録 17巻(昭和25年版)」コー14ページによれば、すでに代田の408から681に転居しています。

締め切り後の編集期間を考えると、遅くも24年末までには転居していたと思われますが、ここから先は、都立図書館か国会図書館しかなさそうです。

興味深かったのが「大衆人事録 第15巻(昭和27年版)」掲載のお二人のお嬢さんのお名前。

ご長女が雅子さんで、次女が紀子さんの由。お二人とも、昭和ゼロ年代のお生まれなので「あやかった」わけではないのですが。

古関裕而「家」と代田 - きむらたかし@三田用水 URL

2018/12/11 (Tue) 17:49:12

「今日は古関金子の命日」とのブログ記事
http://www.usuyukisou.com/kitasan/index.php/blogs/archives/30
によると…

「昭和5年の秋に、日本コロムビアからの招きで裕而と金子は上京し、…裕而が正式にコロムビアの専属作曲家になった昭和6年に、世田谷代田に家を構えます。
当時近くに 帝 国 音 楽 学 校 という音楽学校があり、金子はそこでベルトラメリ能子(よしこ)に師事し、本格的に声楽の勉強を始めます。当時一緒に声楽を勉強していた学生に、後に歌手になる伊藤久男がいたほか、ベルトラメリ能子の門下生には蘆原邦子もいました。
母の声楽の才能は抜きん出ていて、その声は中山晋平にも絶賛されていたようです。
ベルトラメリ能子の門下生の中では一番弟子で、カヴァレリア・ルスティカーナとかトスカとかの舞台を踏んだようです。
戦後、私が生まれると、子育てに専念するために声楽を止めたので、私は母がよく歌っていたのは覚えていますが、その録音などは残念ながら残っていません。」

なるほど、代田408と帝音とは、当時の距離感覚では至近、現代でも北海道基準では「すぐそこ」の距離です。

このページに写真がありますが「金子さん、可愛過ぎ」

【参照】
https://www.city.ota.tokyo.jp/kuseijoho/tokyo_olypara_ota/memory/memory_04.html

Re: 地図第8版に向けての「合同検討会」 - きむらたかし@三田用水

2018/12/18 (Tue) 20:54:04

奥野信太郎旧居跡

代田2-850

Re: 地図第8版に向けての「合同検討会」 - きむらたかし@三田用水

2018/12/18 (Tue) 21:58:50

〔蛭田植物園〕
http://www.hiruta-s.co.jp/enkaku.html

北沢5-1-4

明治40年創業の造園業。

歴史を掘ってみると面白いことが出てくるかもしれません。

Re: 地図第8版に向けての「合同検討会」 - きむらたかし@三田用水

2019/02/10 (Sun) 17:59:40

[世田谷のステキな木を大募集]

今日、梅が丘の図書館で、こんなポスターを見つけました。
(「そんなこと、区の方でやりなよ」といいたくなる)ちまちまとした制約の多い「風景資産」とちがい、(後でどうなるかは別として)「勝手に他薦可」のようです。

今度の巡検のおり、この企画も意識して、面白い、あるいは、格好の良い木も、意識して探すように、いたしましょう(指定までこぎつければ、地図にプロットできるポイントも増産できますし)。



Re: 地図第8版に向けての「合同検討会」 - 北沢川文化遺産保存の会

2019/02/11 (Mon) 11:09:33

・世田谷文学館友の会から2名参加
 当方、この人たちを連れて北沢2,3,4丁目辺りを希望。
・劇団風の子跡も確認します。

Re: 地図第8版に向けての「合同検討会」 - 北沢川文化遺産保存の会

2019/02/12 (Tue) 18:55:38

[世田谷のステキな木を大募集]
 さっそく応募しました。静仙閣脇の桜

・「東京大空襲」(一色次郎著)にこの桜の描写がある。
 樹の下にお地蔵さんがあった。枝の間から北極星が見えているなど。そしてこのお地蔵さん近くの家で保存されている。
・代沢小の学童が木を伐らないでと保存運動したところ、小田急が聞き入れて残った。

Re: 地図第8版に向けての「合同検討会」 - きむらたかし@三田用水 URL

2019/02/17 (Sun) 11:05:13

〔昨日の下代田巡検〕

●暗渠
暗渠に興味をお持ちの参加者がおられましたが、右下の図にある、三田用水溝ケ谷分水の末流部(原・北沢川の流路)に、石蓋を載せた正真正銘の「暗渠」がありました(今、一般に「暗渠」とよばれているのは「水路跡」とは呼べるものの、現時点では「ただの下水道の敷地」-「渠」がないので-にすぎないものがほとんどです)

●旧大石橋脇の「庚申堂」
庚申よりも、右脇の石塔の方がはるかに、歴史的・民俗的価値が高い。
この石塔は、「ふるさと世田谷を語る 代田…」篇pp.61-62にある、大石橋架設のために諸国を行脚して寄進を集めたという行者藤助を顕彰するために天明9年に建立されたものを、昭和10年に再建立した「日本廻国供養之石塔」で、地図上にもこちらの名称を表示すべきです(文字数に制限があるなら、超意訳して「橋供養塔」)

●下代田(大下)三峯神社
中段の図のとおり、流転の神社なのですが、その行末についてはまだわかりません。
代田八幡の一角に三峯神社があるそうですが(前掲「ふるさと…」p.53)、新編武蔵風土記稿の代田八幡の条には記載がなく、あるいは、戦後合祀されたのかもしれませんので、要確認。

三峯神社は、圓乗院脇にもある由
https://rightwing.blog.so-net.ne.jp/2018-02-25_04
(これも風土記稿に記載がない)

【追記】
東京都世田谷区教育委員会編集「世田谷区神社台帳」同/1987・刊
代田八幡縁起書(旧版)
を見たが、どちらにも、どちらの三峯神社も記載がない。


Re: 地図第8版に向けての「合同検討会」 - きむらたかし@三田用水

2019/02/17 (Sun) 11:36:31

〔三田用水溝ケ谷分水末流部 その1〕

石蓋を載せた「正真正銘」の「暗渠」です

Re: 地図第8版に向けての「合同検討会」 - きむらたかし@三田用水

2019/02/17 (Sun) 11:44:15

〔旧大石橋脇の供養塔〕

庚申堂右脇の
「日本廻國供養之石塔」

Re: 地図第8版に向けての「合同検討会」 - きむらたかし@三田用水

2019/02/17 (Sun) 11:56:08

〔三田用水溝ケ谷分水末流部 その2〕

かつては、画面右はお豆腐屋さんで、水路の上に分厚い御影石を置いて蓋をしていました。

Re: 地図第8版に向けての「合同検討会」 - きむらたかし@三田用水 URL

2019/02/19 (Tue) 05:08:19

守田正義(作曲家)
https://kotobank.jp/word/%E5%AE%88%E7%94%B0%20%E6%AD%A3%E7%BE%A9-1656935

北澤4-592
https://www.jacar.archives.go.jp/aj/meta/image_B04011341800?IS_KIND=detail&IS_STYLE=default&IS_TAG_S1=InD&IS_KEY_S1=%E5%9B%BD%E9%9A%9B%E5%AD%A6%E5%8F%8B%E4%BC%9A&

Re: 地図第8版に向けての「合同検討会」 - 北沢川文化遺産保存の会

2019/02/20 (Wed) 18:14:09

援軍

 先だって日曜日、邪宗門を訪ねてきた人に石坂秀之さんという人がいました。米澤さんと話しをしたそうですが、地図を手伝ってくれるとのこと。今度会って話しを聞くことにしました。元編集者でデザインにも詳しい方です。期待しています。

研究大会会場:梅丘パークホール - 北沢川文化遺産保存の会

2019/01/05 (Sat) 09:39:29

今年、七月二十七日(土)第5回研究大会を行います。
予定していたのは梅丘パークホールです。
 今日、四日、金子善高さんが予約に行ってくださって、会場取れたそうです。この日取りで研究会の準備を進めたいとおもいます。

Re: 研究大会会場:梅丘パークホール - きむらたかし@三田用水

2019/01/31 (Thu) 10:13:00

〔会報151号より〕

2、第五回「北沢川文化遺産保存の会研究大会」の開催

 先号で、研究大会を開催については触れた。1月4日、当会の金子善高さんが梅丘パークホールに行き、会場予約をした。開催期日は7月27日である。
 今回五回目は、テーマを「世田谷代田の歴史文化」と決めた。2020年度に世田谷代田駅前広場が完成の運びとなる。現在オープニングに向けて盛大な行事を開催しようと準備委員会が動き始めた。当会の会員もこれに加わって企画立案に携わっている。
 駅前広場には、ダイダラボッチの足形が大きなモザイクとして刻まれる。文字通り、ダイダラボッチの町として全国に発信することとなる。
 この開場イベントの一環として今回の研究会を開催しようと提案し了承された。前回同様、東邦薬品に協賛依頼をしたところ快く引き受けてくださった。
 後援については直接世田谷区が後援をする形にしたいと考えた。申請書を区に提出をした。今は許可証の交付を待っているところだ。

 第5回北沢川文化遺産保存の会 研究大会
 世田谷代田駅前広場開場記念行事(プレイベント)
 日時 2019年7月27日(土) 10時30分より(予定)
 場所 梅丘パークホール 会費 500円(資料代)


発表者については打診中だ、三土代会の重鎮、柳下隆さんには代田の歴史文化を語っていただく。午前が、柳下さんの講演で午後が研究発表会である。やはり大事なのは若手の参加だ、駅前広場の完成を機にどんなまちづくりをするのかのフレッシュな意見がほしい。四五コマの発表を考えている。時間は一コマ30分、発表者を募集している。
 終了後に懇親会を行う。会費3000円、いつもと同じ形で行う。

Re: 研究大会会場:梅丘パークホール - 北沢川文化遺産保存の会

2019/02/01 (Fri) 15:40:01

会を開催するにあたって世田谷区後援の承認が得られた。そして承認書が得られたことから今日1日に会場費を払った。三割引きだった。

・会場の下見はホールが開いているときにできるとのこと。機器やスペース、椅子机などの確認は事前に行いたい。

・今回は規模が大きくなりそうなので運営委員会を立ち上げたい。

Re: 研究大会会場:梅丘パークホール - きむらたかし@三田用水

2019/02/01 (Fri) 20:43:52

当日お借りできるプロジェクタの型番など

〔映像系〕

プロジェクタ:カシオXJ-A256
http://arch.casio.jp/projector/greenslim/xj_a256/

によると

接続端子
D-sub 15ピン
HDMI
コンポジットヴィデオ(ピンジャック)
(USB ダイレクトに接続はできるが、事前にPC側で専用ソフトを使った変換を要するのでぺケ)

【設置台要確認】

スクリーン:サンワ製60インチ
https://www.sanwa.co.jp/product/syohin.asp?code=PRS%2DY80HD&src=search

スペック上は
プロジェクタとスクリーン間の距離は、1.4~2.8メートルの範囲
ただし、背景の壁が白っぽくで、継ぎ目などが無ければ事実上制限なし【要確認】

接続ケーブル:D-SUB15ピン 3メートル
 ただし、
 HDMI 5+2メートルの手持ちあり

【その他要確認事項】
PCとプロジェクタ用の電源取得位置
そこからの引きき回し方法とケーブル長さ

〔音響系〕

現場見ないとわかりません 
 ※ただし「大したものはなさそう」で、
  タウンホールレベルを期待すると、まずコケます
  民間の貸しホールやステージの場合は、ネットで確認
  できることも多いのですが…
 教会のときは、近場の当方から手持ちで持ち込めましたし、急遽お隣のスズナリからお借りできましたが、梅ケ丘では無理


Re: 研究大会会場:梅丘パークホール - きむらたかし@三田用水 URL

2019/02/10 (Sun) 18:35:50

〔ケーブル〕

たまたま、ウチの「金ちゃん」が、どこか忘れましたがプレゼンをするため、D-sub→HDMIのアダプタ
https://www.amazon.co.jp/gp/product/B07BT6Q5P5/ref=ppx_yo_dt_b_asin_title_o00__o00_s00?ie=UTF8&psc=1
を調達しました(一応ですが、動作テスト完了)。
したがって、PC側でD-sub→HDMI変換することで、「理論的」にはすべて、HDMI接続で対応できることになえいました。

PS:とはいえ、画像系は、今回も前回のように、コストは「せいぜい2000円」、労力も「ポケットにいれて運べる」程度で済むことは分っていたのですが、心配なのはむしろ「音響系」なのです。

富士講 part.2 - きむらたかし@三田用水 URL

2017/08/27 (Sun) 11:29:41























part.1が巨大になってしまったので…

[まずは…]
8月20日発行の町会のミニコミ誌
http://www.city.setagaya.lg.jp/kitazawa/12100/12112/d00138146_d/fil/137.pdf
に投稿した、part.1 の超要約の原稿から。

Re: 富士講 part.2 - 北沢川文化遺産保存の会

2017/08/27 (Sun) 14:12:33

わがまち ふるさと まだ続いているのですか?

なぜかNO3号が手元にある、貴重品なんだ。

Re: 富士講 part.2 - きむらたかし@三田用水 URL

2017/08/27 (Sun) 14:18:08

[おおっ…]

区長が大場さん
事務局が「第九出張所」!
(よく住民票をとりにゆきました。なつかしい。)

たしかに、貴重品ですね、これ。

Re: 富士講 part.2 - きむらたかし@三田用水

2017/09/12 (Tue) 20:45:16

[今=2017/09/12 20:34]

yahoo auction
https://page.auctions.yahoo.co.jp/jp/auction/c617613870


「4◆富士山神系御山絵図◆富士講 富士信仰 木版 手彩色 江戸後期~明治初期頃 川口御師 河口湖 浅間神社 神道 北口◆掛軸/古文書/摺物/刷物」

なるものが出品されているのですが…

¥1,000スタートで残り2時間で¥32.500!

富士信仰とか富士講に興味を持っている方がいかに多いのかがよくわかります。

多分4万円超えでしょうから、とても「手が出ません」けど、詳細な画像が多数ありますので、見るだけでも見ておくことをお奨めします。

鈴木金太郎さん - 藤井理嗣

2018/04/24 (Tue) 04:09:51

先日4月21日の富士吉田行(第138回町歩きのバスツアー)で、鈴木金太郎さんの足跡がまた一つ見つかりましたので、二つに分けて簡単に報告します。(^_^)

◆旧外川家住宅にて
世田谷郷土資料館の「社寺参詣と代参講」に、若林の富士講の一行は富士吉田で御師佐藤出羽の守の宿坊に泊まっていたという記述があるので、矢花さん経由で二日前に旧外川家住宅に質問したところ、外川和美さんが調べてくださって、佐藤出羽の守の宿坊がさるやだとわかった。ただ、その建物は二年くらい前にマンションに建て替えで既に取り壊されて今はないこと、だが、さるやの資料はふじさんミュージアムに寄贈されていることがわかった。

Re: 鈴木金太郎さん - 藤井理嗣

2018/04/24 (Tue) 04:18:09

先の続きです。

◆ふじさんミュージアムにて
学芸員篠原さんに世田谷の富士講について説明して、さるや(御師佐藤出羽の守の宿坊)の資料で、どこの富士講団体が宿泊していたか文字になったものがあるか聞いたが、資料の整理はまだこれからとのこと。なおも山冨丸平講のことを話していたら、心当たりがあったようで、申請書によってみせることが出来るものがあると教えていただき申請書を書いた。それで別室に額が出てきて、そこに鈴木金太郎さんの名前を確認。御師の家に綿入(どてら)20枚を奉納したという額。金太郎さんの他に馴染みのあるお名前もいくつか。額は昭和10年のもので、北澤八幡の石碑より更に五年後であり、金太郎さんの活動期間がさらに長いことがわかった。

こんな感じでした。

Re: 鈴木金太郎さん - 藤井理嗣

2018/04/24 (Tue) 12:18:03

先に書いた北澤八幡の石碑とは、富士講関係ではありません。
北澤八幡の参拝道が急傾斜だったので改修工事をした時に、敷石を誰が何枚寄進したという石碑があります。昭和5年のものですが、この時まで公の場に名を連ねていました。地元の名士だったのでしょうね。
鈴木金太郎さんは、少なくとも明治35年から大正9年まで富士講に関係して頑張っていたので、昭和5年の頃は壮年から老年期だったかなと思ってましたが、昭和10年の奉納額で富士講関連の活動をこの時期まで続けていたことが分かり、なんだか五年程雇用延長で頑張っている会社OBの話を聞いたみたいに、微笑ましい気持ちになりました。

Re: 富士講 part.2 - 藤井理嗣

2018/04/24 (Tue) 12:27:34

このブログの富士講 part1の方を見ていたら、認識不足というか一度聴いていたけど忘れてた話なのですが、富士山四合目辺りに山冨丸平講の鈴木金太郎さんの五十度登山の石碑があると書いてあったのに気付いて、またなんだか嬉しくなりました。文献調査が出来るってことは有り難いことですね。

Re: 富士講 part.2 - きむらたかし@三田用水 URL

2018/04/24 (Tue) 15:07:58

〔「さるや」…〕
見つけました。

白根記念渋谷区郷土博物館・文学館 外「特別展渋谷の富士講 : 富士への祈り〔図録〕」同館/2010.1・刊
p.74 「上吉田地割図」

金鳥居に向かって参道の右手中ほど。

宿場町などに見られる典型的な地割ですね。

間口を狭くして、限られた街区をできるだけ多くの人が公平に使えるようにし(ただし、これは近世の「新田」でも同じですが)、
街路・水路などの「まち」の整備費や用水の水料などの公租公課は、武家の場合は石高割なのに対して、町家は間口割で負担するのが、このころの不文律だったみたいですので、その意味でも合理的。

また、2本の道路の中間に用水を通して、その両側のどちらの家でも水が使えるようにと、限られた土地をうまく使う工夫をしています。

Re: 富士講 part.2 - 藤井理嗣

2018/04/24 (Tue) 20:18:35

まさにこの資料を外川さんに見せてもらいました。出典がわかってよかったです。一目見たときには、白黒でもあったので、町内会の回覧版か何かかなと思いましたけども、立派なものでしたね。(^_^;)

Re: 富士講 part.2 - 藤井理嗣

2018/04/24 (Tue) 21:22:04

今回のツアーでは、富士吉田登山道の馬返しまで行きました。早めに動いて時間があったのですが、運転してくれた米澤さんに感謝です。
道すがらたくさんの石碑を見ましたが、一つ一つ見出すときりがないので、山冨丸平講のマークだけに気を付けながら歩きました。
信仰の登山道の零合目です。

Re: 富士講 part.2 - きむらたかし@三田用水 URL

2018/04/24 (Tue) 22:33:00

>一目見たときには、白黒でもあったので、町内会の回覧版か
>何かかなと思いましたけども、立派なものでしたね。(^_^;)

あるいは、外川さんがお持ちだったのは、この原典にあたる富士吉田市史編さん室「上吉田の民俗」1989のモノクロの図版のコピーで、それに、白根記念渋谷区郷土博物館・文学館の田原さん
http://www.kasetatsuya.com/norivernolife/noriver_nolife_taidan.html
をはじめとする学芸員さんたちが、必死こいてインキングしたのかもしれませんよ。

同館の「̻『春の小川』の流れた街・渋谷」の特別展図録p.16下部の図「明治末期の幡ヶ谷」という類例がありますし。

Re: 富士講 part.2 - 藤井理嗣

2018/04/25 (Wed) 05:52:59

先日4月21日の富士吉田ツアーでは、
山冨丸平講の下北沢​の鈴木金太郎さんと
若林の根岸弥三郎さんにスポットを当てて、足跡を辿りました。

下記の場所・石碑などにお名前が残っています!
これまでの話と重複しますが、まとめとして、3つに分けて記します。

明治5年  根岸家文書 冨士同行日〆帳
若林の一行は富士吉田御師・佐藤出羽守の宿坊に入るとの記述

明治6年  根岸家文書 富士講掛金帳
名主 根岸政五郎さん の後に 根岸弥三郎さん  …政五郎さんの子供?

明治21年2月 若林ピーコック辺りの石碑  
山冨丸平講 若林 扶桑教 根山政行さん 三十三度 
裏に石碑を建てた代表者として 根岸弥三郎さん 

続く

Re: 富士講 part.2 - 藤井理嗣

2018/04/25 (Wed) 05:58:07

続きです

明治35年6月 富士吉田の北口本宮浅間神社の石碑  
山冨講 下北沢 先達 安野梅五郎さん 三十三度 
裏に世話人の一人として 若林 根岸弥三郎さん、下北沢 鈴木金太郎さん

明治44年8月 富士山の山小屋 マネキ
山冨丸平講 四代目 先達 鈴木金太郎さん
若林組 根岸弥三郎さん

大正9年7月 東北沢(池ノ上)の石碑
山冨丸平講 四代目 先達 鈴木金太郎さん 五十度

大正9年7月 富士山四合目あたりの石碑  
山冨丸平講 先達 鈴木金太郎さん 五十度
御師 佐藤

最後に続きます

Re: 富士講 part.2 - 藤井理嗣

2018/04/25 (Wed) 06:08:45

最後です

昭和5年5月 下北沢の石碑  
表面 敷石並社前石段改築寄進連盟 の5人目に 鈴木金太郎さん 
裏面 発起人の7人の4人目にも 鈴木金太郎さん 

昭和10年8月 富士吉田さるや(御師 佐藤出羽の守の宿坊)の奉納額 
先達 鈴木金太郎さん 

以上になりますが、どの資料にも鈴木金太郎さん、根岸弥三郎さん、お二人以外にもお名前が出て来るわけで、それらのマッチングや広がりも、これから益々楽しめそうです。
例えば、東北沢(池ノ上)の石碑と北口本宮浅間神社の石碑に雑色の佐久間兼吉さんのお名前があることなど・・・

米澤さん - 藤井理嗣

2018/04/25 (Wed) 12:08:34

米澤さんと同行すると、必ずと言っていいくらい、出会いがあります。米澤さんが調査していると、近くを人が通りかかり、その人と話しをすると調べてたことがわかったりするということが、普通に起こります。いわゆる「何か持ってる」人です。
富士山関係ではこれだけ遊んでます。
2016年4月9日 大月で富士山の溶岩をみて盛り上がった後、北口本宮浅間神社で下北澤の石碑を発見。
2016年5月1日 新倉山浅間公園で外国人に人気の景色を見て、月江寺駅周辺を散策&美味しい定食屋 いづみやを発見。その後、旧外川家住宅を見学し加藤信子さんとお話し。最後は帰り道で猿橋も見学。
2016年10月9日 ふじさんミュージアムに行きマネキ・石碑の文献調査。
今年の2月と4月に鈴木金太郎さんのお孫さんと思われる方のお宅を訪ねましたが、残念ながらいずれもご本人には会えませんでした。
ツアー後の4月22日には米澤さんと世田谷郷土資料館を訪ねて武田さん、角和さんにこれまでのお礼や富士吉田ツアーでの発見などをお話ししました。

Re: 富士講 part.2 - 藤井理嗣

2018/04/25 (Wed) 12:48:04

きむらけんさんが、資料館の方のサイトの「下北沢X物語(3505)―霊峰富士:観光の隆盛と信仰の衰退―」の中で、世田谷の富士講は今ではほとんど活動は休止していると書かれていますが、なかなかどうして、大山講の方は根強いものがあるようで、
2016年10月23日に、大山にて大山講の白装束集団に遭遇しました。中には北沢1丁目の方もいらっしゃいました!
今度、会の別宮さんが大山講や御師についての歩く会を案内してくださると決意表明していただいたこともあり、その時が楽しみです。

Re: 富士講 part.2 - きむらたかし@三田用水

2018/04/25 (Wed) 14:25:10

〔中野の雑色村〕

M13測M30修測1/20000迅速測図「内藤新宿」抜粋

part.1の「2016/04/25 (Mon) 11:07:30」に追記した、
中野区の方の「雑色」です。

少なくとも、北澤の地でいう「雑色」は、京浜急行の駅のある「雑色」ではなくて、この中野の「雑色」と考える方が、地理的にも合理的。

現・中野区の富士講についてチェックしてみる価値はありそうです。

Re: 富士講 part.2 - 藤井理嗣

2018/04/25 (Wed) 20:37:13

日本の三大名字の一つ鈴木さん。みんなが知っている昔話の主人公の一つ金太郎さん。では、鈴木+金太郎で鈴木金太郎さんが山ほどいるかと言えばそうでもなくて、むしろ、別々の場所でこの名前に出会ったとしたら、それらは同一人物かなと思う方が自然な流れですね。
でも、このブログの富士講 part1の方では、別人の鈴木金太郎さんもいたみたい
だと。

''ネット見つけました。(http://www.fujiyoshida.net/
二十三(?)夜講 四代先達『鈴木金太郎』の名が。''

面白いですね。

山冨丸平講 - 藤井理嗣

2018/04/25 (Wed) 21:06:24

丸平の由来についてですが、
このブログの富士講 part1の方で山吉講について文献からの引用で、
「山吉講は、渋谷道玄坂の吉田平左衛門という食行身禄の直弟子が?袓、同じ講紋の講社は昭和八年で、渋谷,玉川,三軒茶屋,下谷,寺島,砂町と七講あった」
と紹介していただきましたが、この吉田平左衛門さん。
「吉田から山吉講が名付けられたのと同様に、山冨丸平講の平は平左衛門の平から付けられたのではないかな」との見識を示して下さったのは、世田谷郷土資料館の武田学芸員さんです。
やっと平に巡り会えたと思いました。

Re: 富士講 part.2 - 米澤邦頼

2018/04/25 (Wed) 21:33:22

今は無き、さるや・佐藤出羽守の建物です。
※グーグルストリートビュー2015年7月画像から

Re: 富士講 part.2 - きむらたかし@三田用水 URL

2018/04/25 (Wed) 23:13:00

[むしろ…]

気になるのは、お隣の「刑部ふとん店」
(刑部佐渡、左伴定美 屋号:ひだりども)
で、2017年までにリフォームはしているものの、看板は無くなっています。
廃業したのでしょうかね。

https://goo.gl/maps/xS8Lh2fnH2s

Re: 富士講 part.2 - 米澤邦頼

2018/04/26 (Thu) 01:33:19

刑部佐渡さん、現在は、古民家手相カフェ(2016年OPEN)
オーナーの女性は富士吉田出身 旧外川家住宅で案内ガイドもしているようです。こんど行ってみます♪

Re: 富士講 part.2 - 藤井理嗣

2018/04/26 (Thu) 03:23:32

さるやに奉納された綿入れは、この布団屋さんで作られたものだったら面白いですね。石碑についても、世田谷で作って富士吉田に持って行ったのか、富士吉田の石工に発注して作ったのか、興味あります。
今の感覚なら現地調達する所ですけど…

Re: 富士講 part.2 - きむらたかし@三田用水 URL

2018/04/26 (Thu) 12:12:07

「古民家手相カフェ」
http://kitaguchiyumeya.com/

屋号は「夢屋」

google street view の最新データで、刑部さんをみたら、小さい立看板で「夢屋」とあります。

https://goo.gl/maps/4ApwRCPFpQr

なお、「ふとん屋」さんは、ここ
https://goo.gl/maps/TcrwaGqpCLM2
にも


Re: 富士講 part.2 - きむらたかし@三田用水

2018/04/27 (Fri) 19:44:49

〔石工〕

>石碑についても、世田谷で作って富士吉田に持って行ったのか、
>富士吉田の石工に発注して作ったのか、興味あります。

地蔵とか庚申塔だと、石工の名前も、奉納者のリストの後ろ
に彫ってある例も結構あるのですが、この石碑には見当たら
ないのでしょうか?

Re: 富士講 part.2 - 米澤邦頼

2018/04/28 (Sat) 10:12:21

北口本宮富士浅間神社の下北澤の石碑には石工名は彫られていませんでした。

雑色:佐久間謙吉さん『下落合同志会』に名前があります。

Re: 富士講 part.2 - きむらたかし@三田用水 URL

2018/04/28 (Sat) 13:03:02

[やはり…]

〉佐久間謙吉さん『下落合同志会』に名前があります。

「雑色」は「中野の雑色」と考えてよさそうですね.

なお、この「ピックアップなかの第40回2014年10月16日~12月15日放送) 」
https://youtu.be/R8t-0DDMuJY
の10分目あたりから、旧雑色村史。

Re: 富士講 part.2 - きむらたかし@三田用水

2018/04/28 (Sat) 17:53:07

〔山冨丸平講〕

は、通常のルールでは、
Step1 まず「山冨講」があって、
Step2 その枝講として「丸平講」が成立した
はずなので…、

まずは、「丸平」の前に「山冨」の方の出自を固める必要があって、それをすっ飛ばして、一気に

〉「吉田から山吉講が名付けられたのと同様に、山冨丸平講の平は平左衛門の平から付けられた」

というのは、仮説としても、かなり乱暴と思われます。

Re: 富士講 part.2 - きむらたかし@三田用水 URL

2018/04/29 (Sun) 03:37:00

〔山冨講〕

part 1でご紹介済みですが

白根記念渋谷区郷土博物館・文学館「渋谷の富士講-富士への祈り-」〔図録〕同/平成22年・刊

p.14掲載の、1842(天保3)年に、月三講の先達長嶋泰行が田端の妙行喜山に贈ったとされる

紙本着色富士講惣印図
現・北区田端藤三峰講・蔵

右欄上から4段目、右から3駒目に山冨講の笠印があって、どうやら

武州稲毛玉川
 要臧

と読み取れます。

稲毛といえは千葉(総州)を連想しますが、武蔵国橘樹郡に現在の川崎市高津区から中原区にかけてあった稲毛氏の荘園は稲毛庄と呼ばれているそうですので、かの喜多見の山冨丸平講は、いわばその直系に近いのかもしれません。

Re: 富士講 part.2 - きむらたかし@三田用水

2018/04/30 (Mon) 22:34:17

件の石碑の建立当時としては、素直に考えると、一種の「利権」で、当地が聖域とみなされていたこともあり、特定の、あるいは特定の組合などの範囲の石工さんの独占市場だった可能性が高いと思われます(今でも、都内のお寺でも、特定の業者以外は葬儀を設えられない例もあるほどですので、まして昔の彼の地おや」ですので)。

そのあたりの検証には、せっかく同じ人の名前を掘った石碑が彼の地と世田谷北沢とで、2基あるのですから、両者の字体を対比することによって、自ずから結論は出そうに思います。

Re: 富士講 part.2 - きむらたかし@三田用水 URL

2018/05/02 (Wed) 17:28:55

〔中野の雑色…〕

の富士講について、何か情報源がないかと探していたら、Psrt 1で、様々ご教示をいただいた、大谷先達の
「富士信仰研究文献目録(2008)」
http://fjska.sakura.ne.jp/kijilist/index.php?title=%E5%AF%8C%E5%A3%AB%E4%BF%A1%E4%BB%B0%E7%A0%94%E7%A9%B6%E6%96%87%E7%8C%AE%E7%9B%AE%E9%8C%B2%EF%BC%88%EF%BC%92%EF%BC%90%EF%BC%90%EF%BC%98%EF%BC%89&oldid=73
との力作を発掘。

その膨大なリスト中に

00858 中野区民俗調査報告 -- 第2-4次 中野区教育委員会編 中野区教育委員会 1999 2004 第2次:新井・上高田 第3次:青梅街道周辺地域 第4次:江古田・沼袋 東京都中野区の富士講について地区ごとに調査 調査はいずれも牧野眞一→牧野真一

との文献があることが判明しました。

と、いうわけで、かねてから蔵書先を探しているのですが、未だ発見できません。

【追記】

まだ頒布中でした。
http://www.city.tokyo-nakano.lg.jp/dept/403200/d014207.html

どうやら、この
青梅街道周辺地域 : 中野区民俗調査第3次報告
巻あたりかと…

Re: 富士講 part.2 - きむらたかし@三田用水

2018/05/07 (Mon) 05:43:05

[両碑の書体対比]

上:上吉田―下:下北沢

Re: 富士講 part.2 - きむらたかし@三田用水

2018/05/07 (Mon) 06:04:49

〔資料用に…〕

いわゆる「光線の具合がよかった」ので、下北沢の富士講碑背面。

Re: 富士講 part.2 - きむらたかし@三田用水

2018/05/12 (Sat) 09:37:54

[富士吉田・幕末ころ]

F.ベアト

道路左右の灯籠から、この
https://goo.gl/maps/jKxHuwdp46S2
あたりかと思われます。

Re: 富士講 part.2 - きむらたかし@三田用水 URL

2018/05/13 (Sun) 13:54:46

〔もう1枚〕

ベアトらが付けたキャプションでは、富士宮近辺とされているが、
横浜開港資料館・編「F.ベアト幕末日本写真集」同館/S62・刊 p.90
の解説によれば、富士の山容から見て、これも富士吉田付近で撮影されている由。

【追記】
よくみると、中央の「お侍さん」の表情が実によいのです。

Re: 富士講 part.2 - きむらたかし@三田用水 URL

2018/05/18 (Fri) 19:47:08

〔お侍さんのアップ〕
一言で表現すれば「昨日、どこかで見かけたような人」ですよね。

Re: 富士講 part.2 - きむらたかし@三田用水 URL

2018/05/21 (Mon) 23:46:56

[静岡県富士山世界遺産センター 静岡県富士山資料デジタルアーカイブ]

https://trc-adeac.trc.co.jp/WJ11C0/WJJS02U/2200575100

現在
富士山にかかわる
・平川コレクション
・小林コレクション
の画像データが公開されてます。

前者が富士に関連の絵はがき、後者が地図を中心とする画像で
静岡のコレクションといっても、

富士山北口全図
https://trc-adeac.trc.co.jp/Html/ImageView/2200575100/2200575100200020/2_037/
なんてのも3種類ありますし(画像参照)、

笑えるのが
「富士山/大山 道中案内記」
https://trc-adeac.trc.co.jp/Html/ImageView/2200575100/2200575100200020/2_013/
で、なんと東京方の起・終点が「吉原」

Re: 富士講 part.2 - きむらたかし@三田用水 URL

2018/06/09 (Sat) 10:11:32

〔アーカイブされていることが判った…〕

「多摩川誌」
http://web.archive.org/web/20130105185141/http://www.keihin.ktr.mlit.go.jp/tama/04siraberu/tama_tosyo/tamagawashi/parts/kensaku/mokuji2/01youyaku.html

中、第7編 民俗:第1章 民間信仰:3.2 代参講と山岳信仰
http://web.archive.org/web/20130105185141/http://www.keihin.ktr.mlit.go.jp/tama/04siraberu/tama_tosyo/tamagawashi/parts/kensaku/mokuji2/01youyaku.html
の「富士講」の条に

「富士講の場合は,前述した御嶽講・大山講とはかなり異なった様相を示しており,山岳信仰全体からみても特色ある形態を持っている.つまり,前二者がムラあるいはムラ内部の組織を単位として御嶽山・大山と結び付いているのに対し,富士講の場合は先達と通称される富士行者を中心としてムラを超えて組織されており,元講・枝講の関係がみられること,また先達の超自然的な力が講の盛衰に影響を与えることが多く,必ずしも富士山そのものが講集団の信仰の中核に位置しているとはいえないこと等の点で特色がある.
 流域においては,多摩川の北側,武蔵野一帯に丸嘉講が広く分布し,川崎・横浜両市にばタテカワ講・本一講・丸金講・一山講・山真講・*山富講*・丸伊講などが分布している.」

とあり「山富講」が登場しています。


流石の北斎1 - きむらたかし@三田用水

2018/06/22 (Fri) 21:06:07

〔国会図書館蔵の…〕

北斎「富嶽百景」をみていたら、ものすごい絵がみつかりかした。

まず、その1「不二の山明」

流石の北斎 - きむらたかし@三田用水

2018/06/22 (Fri) 21:08:22

〔富嶽百景〕

その2「不二の室」

流石の北斎3 - きむらたかし@三田用水

2018/06/22 (Fri) 21:11:07

〔富嶽百景〕

その3「辷り」

これ、本編の最高傑作と思います。

【追記】
この絵を見ると、今更いうまでもない「画力」だけでなく、「ほとんどネコ並みの動体視力」の凄さを感じます。

川合 泰代「富士講からみた聖地富士山の風景」 - きむらたかし@三田用水 URL

2019/01/31 (Thu) 10:08:39

〔またも…〕
偶然発掘

川合 泰代「富士講からみた聖地富士山の風景」
地理学評論 Ser. A  2001年 74 巻 6 号 349-366
https://www.jstage.jst.go.jp/article/grj1984a/74/6/74_6_349/_pdf/-char/ja

既知の論文と違い
江戸末期から「ほぼ絶滅状態」となった昭和期までの、富士講の変容を追っています。


データベース:たましん地域文化財団 - きむらたかし@三田用水 URL

2018/12/16 (Sun) 14:38:01

〔偶然見つけた…〕

このアーカイブ
https://trc-adeac.trc.co.jp/WJ11C0/WJJS02U/1392015100

たましん発行の「多摩のあゆみ」の創刊号(昭和50年11月15日)から100号(平成12年11月15日)までのデータベース(各号の目次あるいはキーワード検索で紙面の画像データにアクセス可能)

さらに、
地図・絵図のアーカイブ
チラシのアーカイブ
には、お宝画像満載です。

とくに、
中島飛行機会社武蔵野製作所の昭和14年の従業員募集チラシ
https://trc-adeac.trc.co.jp/Html/ImageView/1392015100/1392015100200010/003-006/
には驚きました。

なんと、募集人数 3500人!



しば川・恩田川を歩く - 北沢川文化遺産保存の会

2018/11/11 (Sun) 14:58:23

しば川・恩田川を歩く

Re: しば川・恩田川を歩く - 北沢川文化遺産保存の会

2018/11/15 (Thu) 15:39:39

梶山公子さんから

 「去年ご案内させていただいた宇田川上流のツアーの報告をネットに出しました。」とのこと。

http://www015.upp.so-net.ne.jp/riverandsongs/

Re: しば川・隠田川を歩く - きむらたかし@三田用水

2018/11/19 (Mon) 02:26:27

昔はそこここにあったものの、最近はめっきり目にする機会のなくなった「鳥居マーク」。
今回のツアーで、なんと渋谷のキャットストリートで見つけました(しかも、今年の4月以降に設置されたもののようです)。
アメ横同様、歩いていても英語と中国語とハングル語しか聞こえてこないこの場所で、どれほどの効果があるのかは、疑問ですが。

筑波大附属の会報 - 北沢川文化遺産保存の会

2018/11/16 (Fri) 18:49:49

会員の田村さんからもらったもので、無くしそうなので記録としてここにアップしておきます。

漆の玉手箱展 - 北沢川文化遺産保存の会

2018/10/17 (Wed) 16:44:26

漆の玉手箱展

 当会会友の矢花克己さんの知人が羽根木で個展を開くとの案内。
 羽根木1-21-27 Wasabi-Elisi+atolyeB
期日10月24日(水)~11月5日(月)
 時間11:00~17:00

Re: 漆の玉手箱展 - きむらたかし@三田用水 URL

2018/10/21 (Sun) 17:30:37

[長野オリンピックの…]

メダルのお話
http://marumata-japan.com/olympicmedal.htm?lang=0
は、必読ですね。

Re: 漆の玉手箱展 - きむらたかし@三田用水 URL

2018/11/03 (Sat) 17:22:50

[長野オリンピックのメダル…]

精確には「その片面」のようです。
是非拝見したかったものの、仕事のスケジュールなどもあり、会期末までに行けません。残念ですが (;--;)。

伊藤様によろしくお伝えを>矢花様

古事記橋という名の由来について - 北沢川文化遺産保存の会

2018/07/10 (Tue) 19:56:04

 当会に、質問が来ました。
 梅ヶ丘駅近くの北沢川緑道に、「古事記橋」というのが架かっているが、由来を調べたが分からない、それで当会関係者で分かる人いませんかとの質問です。

Re: 古事記橋という名の由来について - きむらたかし@三田用水 URL

2018/07/12 (Thu) 15:48:10

「橋のあたりに『乞食』が住み着いていた」という説が有力だったと記憶しています。

Re: 古事記橋という名の由来について - 北沢川文化遺産保存の会

2018/07/12 (Thu) 16:26:37

確かに、検索で調べると「うわさ」としてあるとのこと。

 古事記は「乞食」と音は通じますね

 「乞食」といえば、駒沢の「たんち山」、これも「たんちという乞食がおりましてね」という話は地元民から聞きました。ゆかりの寺「長徳寺」の住職からも聞きました。

 古事記橋というのは新しい命名のよう、実際の古事記とはあまり関係がないと判断できます。ふと思ったのは、近くに著名な「古事記研究」有名な誰かがいたのかも、それにしても気になる名前です。

Re: 古事記橋という名の由来について - 北沢川文化遺産保存の会

2018/07/13 (Fri) 09:36:02

古事記橋についての問い合わせに

 この掲示板を紹介しておきました。つぎのような返答がありました。

「乞食」説は、私たちもちょっと聞いたことがあるのですが、「乞食」からいきなり「古事記」への移行はちょっと乱暴というか、そういう書き替えをするくらいなら、他の名前を探す方が自然だなぁという気もします。
「古事記」研究者がいた、というのはとても興味深い視点で、そうだったらいいなと思います。

 梅丘の古事記橋の由来は?は難解です。
 羽根木公園のすぐそばに橋はありました。根津山・六郎次山などの関係も見当たらないし謎ですね。

 いろいろな考えがでてくるとそこから由来が分かるかもしれません。

 

Re: 古事記橋という名の由来について - きむらたかし@三田用水

2018/07/13 (Fri) 19:33:55

■新編武蔵風土記稿の
世田谷村
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/763982/5

の件には言及がありませんし、念のためにみた
松原村
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/763982/56

の件にもありませんでした(もともと、風土記稿には、代田橋、常盤橋といった著名な橋しかとりあげられていません)

また、
世田谷の地名(上)
世田谷旧村古地名集
にも該当の記述はなく、

村尾嘉稜も十方庵敬順も、下北沢村の森嚴寺までは来てるのですが、当地に立ち寄った記述はないので、この種の地誌類からの探求はいわば「お手上げ」。

■と、なると「日本の地名成立の一般法則」に基づいて地名(橋名)の成立過程を考えるほかないようです。

この橋は、「世田谷の河川と用水」末尾の橋名リストによると、大正8年の地形図に掲載されているとのことですし、さらにさかのぼる明治13年の迅速測図でも橋が確認できます。また、この橋のある道は、旧(小)世田谷村の羽根木から元宿(通常の村の場合は「本村」にあたる)に通じる主要道の一つですので*、その架橋は近世期に遡ると考えられます。

*この道は、
天保7(1836)年の世田谷村絵図(世田谷の地名(上)p.219)には記載があるが、
文化2(1805)年の目黒筋御場絵図
https://www.digital.archives.go.jp/das/meta/M2008032520510889502.html
には記載がない


近・現代になって架橋されたのなら、同時に、行政庁などによって、いわば「強引」に命名されたはずですが、かの時代は
・まず、必要があって橋を架ける
・その橋について、地域民が名前を言い慣わすようになる
という順番です。

もちろん、この「言い慣わし」の前提としてなんらかの「縁由」があるはずですが、ここで成立する名前は、音価、いわば略かな表記によるもので、
音価では「Ko-ji-ki-ba-shi」、かな書きでは「こしきはし」です。

つまり、今の橋の名前が「古事記橋」なのは、後世つまり近代になって、この「こしきはし」に漢字を当てはめた結果にすぎないわけで、この場合、古来より「できるだけ目出度い」あるいは「きれいな」文字を当てはめるのが、いわば「鉄則」ですので、「乞食橋」の文字を当てることは「あり得ない」。

つまり、地名の縁由がたとえ「乞食」であったとしても、近・現代表記では(他に適当な選択肢もないので)「古事記」になったはずです。

■結局、残る問題は、当初「こしきはし」との地名を成立させた「縁由」が、「古事記」だったのか「乞食」だったのかにあることになります。

地名というのは、地域の人たちの中で徐々に言い慣わされ、それが地域の共通認識となったときに成立するものなので、そもそも、「古事記」が共通認識の基盤となるほど認識されていたのかは、極めて疑わしい。

もちろん、村役人と呼ばれる名主、年寄、百姓代といった人たちや、学問好きの豪農といった知識階級の人たちは、常識としてわきまえていたと思いますが、一般庶民にとってはせいぜい「神代のことが書いてあるとかいう本」という程度でしょうから、そのような本の名前が、地名成立の前提となる地域民の共通基盤には、まずなりえなかったでしょう。

古事記について「小学生でも少なくとも名前だけは知っている」現代の常識で、近世を推し量ることには無理があります。

Re: 古事記橋という名の由来について - 北沢川文化遺産保存の会

2018/07/13 (Fri) 20:47:35

まず、この問題を当会に寄せられた人が、ここで話題にして頂いたことに感謝するとのこと。確かにそうですね、個別の橋の問題だが、その背景には何かの意味があると共有できてきた点はとても良かったと思います。

 地名は地域の鏡だと言えます。橋の名前にせよ、一旦つけたら末代まで残る。乞食は避けたということはありますね。良き名をつけよ、古代以来の習慣ですね。

 古事記なのか、乞食なのか、大きな問題提起となったことは確かです。
 
 質問された方がこの掲示板を確認されたとの返答、興味を持っておられる方がまた書き込まれると面白い、それが一つの真実に行き着くかもしれません。乞、投稿を……。

 

Re: 古事記橋という名の由来について - きむらたかし@三田用水 URL

2018/07/28 (Sat) 13:38:01

[「乞喰橋」発見]

栃木県公報2531(H25/11/15)号p.888(pdf p.2)
http://dl.ndl.go.jp/view/download/digidepo_9877699_po_teiki2531.pdf?contentNo=1&alternativeNo=

掲載の、栃木県告示580号の保安林予定地のリストの中に
「大田原市大字北滝…字乞喰橋1345,1355」
との記載がありました。

水源涵養保安林に指定されようというのですから、山の中のそのまた山の中のような場所のはずで、そのような場所に、古事記研究家はもちろん乞喰すら住み着いていたとは思えないのですが。

Re: 古事記橋という名の由来について - きむらたかし@三田用水 URL

2018/07/28 (Sat) 14:38:38

[御府内中の御府内の「乞食橋」]

江戸府内それもその中心地の一つ神田に乞食橋がありました。
http://sannpo.iobb.net/wp-googleearth_e/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E6%A9%8B%E5%8C%97%E3%83%BB%E5%86%85%E7%A5%9E%E7%94%B0%E3%83%BB%E4%B8%A1%E5%9B%BD%E3%83%BB%E6%B5%9C%E7%94%BA-2/%E4%B9%9E%E9%A3%9F%E6%A9%8B%E7%99%BD%E6%97%97%E6%A9%8B

神田駅すぐ南のほぼガード下。
案の定、明治になって「白旗橋」と改称されたそうですけど。

地図は
「俚俗江戸切繪圖 内神田・鍛冶町・柳原迄」
http://tois.nichibun.ac.jp/chizu/images/2155422-09.html
右上部分抜粋



Re: 古事記橋という名の由来について - きむらたかし@三田用水

2018/10/07 (Sun) 17:13:53

〔古事記橋@羽根木/世田谷/東京〕

昨日撮影。見るとおり「させる橋には非す」

三田用水関連の展覧会情報 - きむらたかし@三田用水 URL

2018/10/03 (Wed) 09:25:29

〔目黒区の歴史資料館〕
平成30年9月29日(土)~12月9日(日)

開館10周年特別展「目黒の産業ことはじめ」
https://www.city.meguro.tokyo.jp/smph/event/moyooshi/kikakuten.html


小坂先生からの情報では…

火薬工場やビール工場のことを取り上げた企画展を開催されるそうです。その中で、三田用水の利用にかかわる資料も展示される

とのことです。

Re: 三田用水関連の展覧会情報 - きむらたかし@三田用水 URL

2018/10/06 (Sat) 20:16:05

〔今〔6〕日…〕
行ってきました。
画像は、会場で配布されている展示品リスト。

「 市民活動体験喫茶 パオ」 - 北沢川文化遺産保存の会

2018/10/05 (Fri) 17:27:10

北沢川文化遺産保存の会 地図や紀要を配布。

■イベント名:
パオ・フェスタ2018 「 市民活動体験喫茶 パオ」※入場無料

■開催日時:
2018年10月21日(日)11時~17時ぐらい

■会場:
市民活動支援コーナー(世田谷区太子堂4-1-1 キャロットタワー3階)

■アクセス:
東急 田園都市線「三軒茶屋」駅下車 徒歩5分
東急 世田谷線「三軒茶屋」駅下車 すぐ

■内容:
三軒茶屋のキャロットタワー3階にある「市民活動支援コーナー」の
登録団体が参加する2日間のイベントです。
参加団体の活動内容などを体験ブース、またはボードやパネル掲示などで紹介します。
入場無料ですので、お気軽に会場内を巡ることができます。

当会は、21日のみ申し込み、去年も参加した。
来訪された人とのコミュニケーションがおもしろい。会報には
紹介しませんでした。ふらりと立ち寄ってください。

北沢川文化遺産保存の会第4回研究大会 - 北沢川文化遺産保存の会

2018/07/16 (Mon) 08:50:21

第4回北沢川文化遺産保存の会研究大会

Re: 北沢川文化遺産保存の会第4回研究大会 - 北沢川文化遺産保存の会

2018/07/19 (Thu) 18:47:05

世田谷広報7月15日づけに

 先着70名と書きましたが、50名の誤りです。
 12時半 開場です。世田谷カトリック教会
 二階会議室です。

Re: 北沢川文化遺産保存の会第4回研究大会 - きむらたかし@三田用水 URL

2018/08/17 (Fri) 01:23:35

【会場決定時の重要留意事項】

図は、今回の映像と音響装置の事前の配置計画案です
(当日も、小変更はありましたがほぼこのとおり。
 ただし、リンク先の写真からもわかるとおり、不覚にも
 電源ケーブルは死角でした。)

今回の会場に使わせていただいた世田谷カトリック教会さんの場合
は、主要装置中の主要装置の2つ

・ビデオプロジェクタ(Sony VPL-CS10)があった
 やや旧タイプなので、最近のパソコンにはそのままではつなが
 らない(Dsub15ピンとS-VIDEのみでHDMIの端子がない)ものの
 山本氏から手持ちのアダプタ(サンワサプライAD-HD16VGA)
 を借りることができた
・カラオケ装置(コロムビア DP-K3400)があった
 そのため、拡声装置(SR)代用のアンプ+スピーカーのと附属の
 マイク1本が確保できた
というのがラッキーでした。

が、
・3本必要と思われたマイクのうち、当方の手持ちのマイクミクサ
 と一緒に2本持ち込んだものの、不調だった1本は、お隣のスズ
 ナリの支配人の野田さんの手配で、代わりに、劇場で使っている
 プロ用というか業務用として定番のShureの58型マイクをお貸り
 することができた
・何よりも、音響装置が常設でないために、マイクや電源などのコ
 ードが床を這いまわる結果になったのを、野田さんが舞台設営用
 の特殊テープ(粘着力が弱いので、利用後床を傷めずに剥がすこ
 とができる=「配線止めテープ」というらしい)
 http://www.sekisui-pack.com/search/category/tape/yojyo/1301565_13005.html
 で、手際よく処理して下さった(さすがのプロの技!)
という幸運があってこそ、無事にイベントを終わらせることができ
たのも確かです。

今後、こういった、設備・機材の有無を確かめずに会場を決めると、
最悪、上記のような装置を、全部、業者さんから1日レンタルする
必要が生じますし、その受け入れ・返却の労力や段取りも問題に
なります。

また、これらの設備のない会場を使うと、上記のコストのために、
設備が整っているうえ、相応のメンテも行われている、たとえば
下北沢タウンホールを使った方が、結果的にローコストだった、
ということにもなりかねません。

今や、会の催しは地域にとって注目イベントになってしまったよ
うですので、これからは、みっともない、あるいは貧相な結果に
ならないよう、特に音声と映像装置には留意が必要とわかりま
した。

(右上の[URL]のリンク先
http://blog.livedoor.jp/beckykusamakura/archives/53960918.html
は、Dr.別宮のブログ。
 床の上の配線と特殊テープによる「養生」の様子がよくわ
 かります)

第5回研究大会に向けて - 北沢川文化遺産保存の会

2018/08/17 (Fri) 15:02:29

「会の催しは地域にとって注目イベント」とのこと。今後、会場をどうするか、施設面を含めて検討しなくてはなりません。

 第5回については世田谷代田での開催を予定、「世田谷代田の歴史・文化を語る」(仮題)これへの地元の感触も悪くはありません。場所が近いこともあって「梅丘パークホール」が都合がよいのではとの声。

 調べてみると、土日、全日は43420円とのこと。高いと思います。区の地域振興課でも名義使用申請出せるそうです。この審査を通れば3割引きとのこと。

 知り合いの区関係者によると場合によっては施設料が免除になる場合もあるとのこと。この場合企画書を出さなくてはなりません。

 発表の内容を高めるにはやはり設備の整ったところがよいように思えます。

Re: 北沢川文化遺産保存の会第4回研究大会 - きむらたかし@三田用水 URL

2018/08/17 (Fri) 18:57:06

〔音響系は…〕

あるようですが、ビデオ・プロジェクタがありません。
https://www.setagaya.co.jp/kuminkaikan/umegaoka/pdf/facilities_assemblyroom.pdf

したがって 「設備が整っている」とは到底いえず、当然「 ア ウ ト 」です。

料金設定が高いのは、会場が120名収容とこの会の催しには「大きすぎる」せいもあります。
https://www.setagaya.co.jp/kuminkaikan/umegaoka/pdf/heimenzu_assemblyroom.pdf

こういうことがあるので、事前チェックが不可欠なわけですが、しかし、これだけの施設で今時プロジェクタすらない、というのは信じがたい。
(しかも、これだけの広さの会場なので、シンポジウムやパネルディスカッションの開催に不可欠とも思える、ステージ〔舞台〕を組む資材が会場側にあるように見えないのも不思議です。)

運営者は一体何考えているんでしょう。

Re: 北沢川文化遺産保存の会第4回研究大会 - きむらたかし@三田用水 URL

2018/08/18 (Sat) 12:08:40

〔下北沢/代田周辺の…〕

区の集会施設のビデオプロジェクタと音響設備のまとめです。
北沢タウンホールの設備の充実は当然として、太子堂区民センターがなかなか「健闘」してますね。

第5回研究大会に向けて - 北沢川文化遺産保存の会

2018/08/19 (Sun) 16:00:48

第5回については「世田谷代田の歴史文化を語る」(仮題)で企画提案をし好感触を得ている。

 世田谷代田の土地柄ということはある。できることなら地元でと。それで「梅丘パークホール」ではどうかと。

 研究発表が中心となるとやはりプロジェクターは欠かせない。となるとこれで開催場所は狭まる。

 世田谷カトリック教会も快く貸してくださるだろうと思う。が、世田谷代田を中心としたテーマだと難しいように思われる。なぜ地元教会ではないのかという声がでないとも限らない。

基本、地域に一番近くて設備の揃っているところは北沢タウンホールということになる。スカイサロンだと昼、夜で34600円。区の後援申請をとれば3割引きとなる。

 あるいは関係者の協力によって梅丘パークホールにプロジェクターを運び込むとうのもあり得ることである。

 玉川区民会館だと区関係者の関係で低廉で借りられる可能性があるとのことだが、世田谷代田から離れ過ぎていてここで開く必然性が希薄になってくる。とすると、北沢タウンホールか。

 それともう一つ、8月第一土曜日は区民祭りと重なる。代田の関係者はそれで参加できなかったと。来年も同じだ。だとすると7月第四土曜日ではどうか。

Re: 北沢川文化遺産保存の会第4回研究大会 - きむらたかし@三田用水

2018/08/19 (Sun) 16:51:24

[代田という意味では…]

都民教会さんの所在地は代田です。

とはいえ、戦争体験と立て続けというのも申しわけないので、
来年については、

 戦争体験は世田谷カトリック教会さんに
 研究大会は都民教会さんに

お願いするわけにはゆかないんでしょうか?

Re: 北沢川文化遺産保存の会第4回研究大会 - きむらたかし@三田用水 URL

2018/09/09 (Sun) 19:41:18

〔あふたぁ・えふぇくと〕

2018年9月2日(日)~4日(火) 伊東市で開催の

諸大学から12ゼミが参加の、経営学合同ゼミ(テーマは「創造性」)
http://tomo.milkcafe.to/kegozega/

で、成城大境ゼミは
8月4日の下北沢での研究大会での発表をベースに、さらにブラッシュアップした発表で
優秀賞(今年は最優秀賞はなかった由)3ゼミの一つに選定されたようです。

いずれ詳細はわかると思いますが、どうやら、お声がけ+サポートさせていただいた甲斐があったようですね。

Re: 北沢川文化遺産保存の会第4回研究大会 - 北沢川文化遺産保存の会

2018/09/09 (Sun) 20:57:52

朗報ですね、下北沢のフィールドワークを通してまちの特徴を掴み、まちが「地域性」を失って「新宿化」してはならぬという提言は説得力がありました。若者の発表でいいのは未来を考えていることです。吾等はどうしても過去思考に偏りがちです。まずは彼らに拍手を

Re: 北沢川文化遺産保存の会第4回研究大会 - きむらたかし@三田用水 URL

2018/09/10 (Mon) 15:16:10

〔よそ者の目〕

 ある「まち」や「むら」の魅力は、そこに住んでいる人にはまず絶対にといってよいほどわかりません。各地の「まちおこし」や「むらおこし」がコケるのは大抵それが原因で、「となりのまち」の二番煎じの魅力のない企画になりがちです。

*昔のテレビのドキュメンタリー番組のナレーションに「食べてくれという名物もなく、見てくれという名所もない」という名言がありましたが、それから60年経って、かつて、そのような「何にもない」はずの場所に、かつては当たり前でも、今では「他にどこにもないものが、そこだけには残っている」というのも、よくある話。
 また、ある大学の教授にうかがった話ですが、全国各地の自治体などで、いわゆる「アゴアシ」付きで、学生さんたちに研究フィールドを提供する動きが出てきているようです。

 その意味で、「よそ者」の目線を持ち込んでくれる人たちはありがたい存在ですし、加えて、学生さんの良い点は「毎年人が入れ替わる」つまり「目が入れ替わる」ところにあります。

※リンク先は、ヒルサイドテラスで毎年、大学生の研究発表を中心にして開催されている「代官山大学」。
http://www.daikanyama.ne.jp/dsi/report/

 採用面接で「代官山を研究しました」というと、結構ポイントが稼げるようです。
シモキタも「全国区」(というより「東アジア圏」?)の著名地ですので、いずれそうなるのか?

ご参考まで。

Re: 北沢川文化遺産保存の会第4回研究大会 - きむらたかし@三田用水 URL

2018/09/25 (Tue) 21:09:43

〔既報の…〕

経営学合同ゼミでの、成城大・境ゼミの受賞。
インフォメーションが、成城大のWebに掲載されました。

http://www.seijo.ac.jp/education/faeco/news/jtmo42000000nje2.html

画像は、レジュメの表紙。

Opera 『鉛筆部隊と特攻隊』 - 北沢川文化遺産保存の会

2018/09/21 (Fri) 15:59:25

YouTube Opera『鉛筆部隊と特攻隊』
 9月16日 午後13時30分
 会場 下北沢:カトリック世田谷教会
001 https://www.youtube.com/watch?v=-D3w4Sp590E&t=388s
002 https://www.youtube.com/watch?v=-Oj5QduTXz8&t=339s
003 https://www.youtube.com/watch?v=2jJz100uRD8
004 https://www.youtube.com/watch?v=5ikbw5TyPa8
005  https://www.youtube.com/watch?v=lRIM63NZdRA&t=6s
006 https://www.youtube.com/watch?v=Iu3Ua_Pw7EU
007 https://www.youtube.com/watch?v=HkpcfKroUhc
008 https://www.youtube.com/watch?v=y72zqLN6ryc

「白鳥座」を探せ - きむらたかし@三田用水 URL

2018/08/05 (Sun) 12:21:17








昨4日の研究大会の

野田治彦@スズナリさんの講演「下北沢の戦後の演劇史」で触られれた「謎の劇団『白鳥座』」。

ちょっと調べてみると…


1 goo 地図
有限会社劇団白鳥座
https://map.goo.ne.jp/place/13003533383/

1.5 法人番号検索
https://www.houjin.info/detail/1010902005532/

2 早稲田演劇博物館 現代演劇上演記録 検索結果一覧
http://archive.waseda.jp/archive/subDB-search.html?arg={"item_per_page":20,"sortby":["881a","ASC"],"view":"display-simple","pagination":{"page":1},"subDB_id":"37","advanced_search":false,"search_key":"白鳥座"}&lang=jp

上演記録
上演IDNo.:00404-1-1989-01( 上演主体IDNo.: 00404 種別番号: 1 上演年度: 1989 小番号: 01)
劇団名: 劇団白鳥座( 劇団名よみ: げきだんはくちょうざ)
演目: 水野朋子物語( 演目よみ: みずのともこものがたり )
初日: 0906~ 終日: 0910
場所: 下北沢駅前劇場( 場所よみ: )
作者: つかこうへい( 作者よみ: )
演出: 亀井光子( 演出よみ: )
振付: ( 振付よみ: )
訳者:
脚色:
音楽:
備考:


3 google books
https://books.google.co.jp/books?id=LrK5DAAAQBAJ&pg=PT48&lpg=PT48&dq=%E7%99%BD%E9%B3%A5%E5%BA%A7+%E5%8A%87%E5%9B%A3&source=bl&ots=MtVko3_0Eb&sig=W9PbyC9gsHlDyuUE97fUIpEZjEc&hl=ja&sa=X&ved=2ahUKEwi0sqTo6tTcAhVTUd4KHVYaAJw4ChDoATACegQICBAB#v=onepage&q=%E7%99%BD%E9%B3%A5%E5%BA%A7%20%E5%8A%87%E5%9B%A3&f=false

花村えい子・著「私、まんが家になっちゃった!? 漫画家・花村えい子の画業50年」マガジンハウス・刊

「私が入ったのは「劇団白鳥座」といいます。東京外語大学のフランス語科の生徒さんが中心の自立劇団でした。…
 白鳥座は、たしか森芳介という人が座長で、奥様が与謝野晶子さんの七番目のお嬢様でした。…
 奥様はアテネフランセのご出身で、フランスの戯曲を翻訳」

とあり、1947年ころの「劇団事務所、稽古場は森さんの自宅で、成城学園にありました*。門から木々に囲まれた瀟洒な洋館が建っています。庭に面した明るいリビングのフロアで稽古をしました。」とのこと。

*〔推定〕世田谷区成城町2-76(住居表示実施前)/現・2-4-5附近

1947年、ジュリアン・リシュール作の「海抜三二〇〇米」を京橋公会堂で上演したとの記述は、先の早稲田のデータベースにある、下記のデータと一致します。

上演記録----------
上演IDNo.:00404-1-1947-01( 上演主体IDNo.: 00404 種別番号: 1 上演年度: 1947 小番号: 01)
劇団名: 劇団白鳥座( 劇団名よみ: げきだんはくちょうざ)
演目: 海抜三二〇〇米( 演目よみ: かいばつさんぜんにひゃくめーとる )
初日: 0111~ 終日: 0112
場所: 京橋公会堂( 場所よみ: きょうばしこうかいどう)
作者: ジュリアン・リュシエール( 作者よみ: じゅりあん・りゅしえーる)
演出: 甲羅精二( 演出よみ: こうらせいじ)
振付: ( 振付よみ: )
訳者: 文芸部
脚色:
音楽:
備考:第2回正月特別公演。
----------------

座長夫人のからみか、中原淳一、岡本太郎といったものすごい人脈を持つ劇団だったようです。          

Re: 「白鳥座」を探せ - きむらたかし@三田用水 URL

2018/08/05 (Sun) 12:40:50

[近代名士家系大観]
https://ameblo.jp/derbaumkuchen/entry-12081116746.html

(与謝野鉄幹・晶子)
六女・藤子
大正8
立教高女出身

東京、森芳介に嫁す、のちに森弥太丸(大正4生、森弥五郎五男、文化学院本科、演劇研究科各卒、M&Kエンタープライズ社長)に嫁す

Re: 「白鳥座」を探せ - きむらたかし@三田用水 URL

2018/08/05 (Sun) 14:31:25

[5chなるBBSの…]

「事務所登録・職業エキストラ31」
というスレッド
https://medaka.5ch.net/test/read.cgi/part/1483035122/773-n
に、こんな記事がありました。

@2017/08/01(火) 14:32:21

白鳥座・・
事務所は下北沢に在った。
エキストラ部と劇団部があったようですが、劇団部は子供が主だったようです。
事務所には、「欽どこ」に出演していた、わらべ、が「めだかの兄弟」で入賞した時のトロフィーが飾ってあった。
自社ビルは今でも残っていて、井の頭線を渋谷方向に向かって右側の線路沿いに在る。
父(社長)と息子でやっていたけど、十数年前に社長が亡くなられから廃業したようです。
10年位前にビルの前を通ったら、ビル一階の事務所だったところで、息子が焼き鳥屋をやっていたみたいでした。
なお、最近はビル前を通ってないので、どうかわかりません。 」

【追記】
↑と時期的にほぼ整合する情報として

テレビドラマ・データベース
http://www.tvdrama-db.com/name/p/key-%E5%8A%87%E5%9B%A3%E7%99%BD%E9%B3%A5%E5%BA%A7

があって、いわば「その他大勢」として「劇団白鳥座」が登場します。

その、時系列的にみた最終データは

課長島耕作4
キー局 CX
放送曜日・時間 金 21:00-22:52
放送期間 1998/12/04 ~ 1998/12/04

http://www.tvdrama-db.com/drama_info/p/id-33162

となっています。

Re: 「白鳥座」を探せ - きむらたかし@三田用水

2018/08/06 (Mon) 15:43:24

〔野田さんから…〕

いただいたご回答の要約。

(当日の講演でも取り上げた)「風の子の多田徹さんの著書の中に、早稲田の学生劇団として白鳥座が登場する。

しかし、それと下北沢の白鳥座とつながるルートはついに見出すことができなかった。

(上記の成城の白鳥座の)資料ももう少し精査してその二つがつながるのか、あるいは別の団体なのか調べてみたい。

Re: 「白鳥座」を探せ - きむらたかし@三田用水 URL

2018/08/13 (Mon) 01:19:02

[故・脚本家森治美]
(2017年2月7日没
https://www.scenario.co.jp/online/17084/
)
の、生前のwebページ
https://web.archive.org/web/20161021085555/http://mori-gumi.com/concept.html
の公演記録中に、

音楽劇「魔女学級」(劇団白鳥座公演/昭和女子大記念講堂他)

との記載がありました。

Re: 「白鳥座」を探せ - きむらたかし@三田用水 URL

2018/08/22 (Wed) 19:01:22

〔早大の白鳥座〕
野田さんが情報を発掘された「早稲田の学生劇団」の「白鳥座」は、この話に連なるようです。

「大衆文化評論家指田文夫の「さすらい日乗」」中の
「早稲田大学演劇研究会90年」
https://blog.goo.ne.jp/goo1120_1948/e/3e8eb80a982d34e5e5d49161c0fceabe

「私が、1966年早稲田に入学した」…
「当時は3劇団があった。自由舞台、演劇研究会、そしてこだま、である。その前には、素描座、白鳥座というのもあったらしいが、当時はもうなかった。この他に、教育学部所属の劇団として仲間があり、そこには東由多加がいて、寺山修司の戯曲を上演したことから彼と関係ができ、それは天井桟敷につながることになる。」

【追記】
そういえば…
野田さんの講演で、今本多劇場が建っている場所が空地だったころ、ここで、天井桟敷の公演があったとの写真付きの解説がありましたね。

明友中学校について - 北沢川文化遺産保存の会

2018/06/05 (Tue) 18:57:11

当方に問い合わせがあった。


昭和19年4月、世田谷区内に開校したと思われる「財団法人 明友中学校」に関して、何かご存知でしょうか?父が昭和20年の入学許可を受けた学校ですが、廃校となって現存しないのか、官報以外全くと言っていいほど情報を得られません。

 たまたま中央図書館に行く用事があったので、世田谷区教育史などに当たったが、記載はなし。司書の人も当たってくれたが見つからなかった。が、継続して調査してくれるとのこと。

Re: 明友中学校について - きむらたかし@三田用水

2018/06/05 (Tue) 19:36:43

官報なら、国会図書館のデジタルライブラリで内容を確認可能です。

まず、その発行日、号次を特定していただくのが先決ですよね。

Re: 明友中学校について - きむらたかし@三田用水 URL

2018/06/05 (Tue) 20:14:40

国立公文書館に…

多分これでは、というのがありました。
https://www.digital.archives.go.jp/DAS/meta/MetSearch.cgi?DEF_XSL=default&SUM_KIND=MetaSummary&SUM_NUMBER=20&META_KIND=NOFRAME&IS_KIND=summary_normal&IS_SCH=META&IS_STYLE=default&IS_TYPE=meta&DB_ID=G9100001EXTERNAL&GRP_ID=G9100001&IS_START=1&IS_TAG_S1=InD&IS_TMP_S7=c_t_search_3&IS_KEY_S7=SRG+BST+KNM&IS_TAG_S7=c_t&IS_LGC_S7=AND&IS_NUMBER=100&LIST_TYPE=default&IS_LIST_ON_OF=off&LIST_VIEW=&ON_LYD=on&IS_KEY_S1=%E6%98%8E%E5%8F%8B

ほかに

(明友中学校)財団法人設立許可の件
[請求番号]平5文部01503100[件名番号]001[保存場所]本館[作成部局]文部省[年月日]昭和18年10月28日

(明友中学校)法人財産移転報告
[請求番号]平5文部01503100[件名番号]003[保存場所]本館[作成部局]文部省[年月日]昭和19年02月09日

の2件ほど、海外植民学校の例からみて気になるデータ(実質的な設立者の名前など、結構「肝心なこと」がこの種のデータに書いてあることが多いので)がありますが、ネットで公開していないだけでなく、開示:要審査ですので、ご本人が、国立公文書館に足を運ぶほかありません。

Re: 明友中学校について - 北沢川文化遺産保存の会

2018/06/05 (Tue) 20:29:25

素晴らしい!! 本人に、さっそく当方の掲示板を見よと連絡をいたします。

Re: 明友中学校について - きむらたかし@三田用水

2018/06/05 (Tue) 22:37:13

野澤町1-1 は…

かつて明治薬科大学のあった一画のようです。

Re: 明友中学校について - 北沢川文化遺産保存の会

2018/06/06 (Wed) 08:42:49

さっそくにお礼のメールがありました。

 貴重なお時間を割いていただき、本当にありがとうございました。素晴らしいネットワークにも感謝申し上げます。公文書館は東京都だけ検索して済ませてしまったので、ご相談して良かったです。

見つけていただいた資料の件名から、昭和19年に開校し、戦災のために昭和21年に移転し、いつのまにか廃校したのではないかと想像しました。
 ご指摘の通り、設立者個人名からアプローチすることも意義がありそうなので、審査を申し込んでみます。

今回も大変お世話になり、深くお礼申し上げます。


 前に広部さんのことを聞いてきたAさんです。

Re: 明友中学校について - 広部家について質問したA

2018/07/15 (Sun) 22:49:07

暑中お見舞い申し上げます。
国立公文書館、世田谷区立図書館、亡父の同級生氏から得た情報を報告させていただきます。

設立者:「明治薬学校」のOB6人と校長の養子
設立目的:戦時下の時局を乗り切る人材育成
設立場所:「明治薬学校」の寄宿舎(無償譲渡)
移転先:渋谷区笹塚(「明薬」系列校「東京女子薬学校」跡地)
廃校時期:昭和23年6月
廃校跡地:渋谷区立笹塚中学校が開校

校長の養子は後年、新制明治薬科大学の初代学長に就任しています。
不要とは思いつつ、投稿させていただきました。

亡父の同級生氏からは中里小学校の学童疎開エピソードもたくさん伺いました。

Re: 明友中学校について - 北沢川文化遺産保存の会

2018/07/15 (Sun) 23:05:58

貴重な情報ですよ。今の時代、すべてが急速に変わっていってつい数年前のことさえも分からなくなっています。小さな歴史事実の総体の上に生きているのが我々と考える「明友中学」の創設の歴史も大事なものだと思います。

中里小学校は里山辺に疎開していたのですね、昭和20年になってここにB29が爆弾を落として大変な騒ぎとなったことを聞いております。
 浅間温泉には7校が疎開していましたがこれが再疎開するきっかけともなったようです。

Re: 明友中学校について - 広部家について質問したA

2018/07/17 (Tue) 16:56:32

恐れ入ります。

学童疎開に関しては、父達が宿泊した「ゆたかや旅館」さんが今も営業中で、「疎開の会」の幹事さんをご紹介くださいました。
しかもその方が亡父の同級生で宿泊先も同じでお元気、という幸運が重なりました。

Re: 明友中学校について - きむらたかし@三田用水

2018/07/18 (Wed) 08:27:16

[東京女子薬専]

「渋谷区詳細図」地形社S16より

図の右端が、現・補助26号線

Re: 明友中学校について - 広部家について質問したA

2018/07/19 (Thu) 18:12:14

渋谷区の地図、ありがとうございます。
卒業生に関する資料は見つからず仕舞いですが、しかたありません。

小田急の工事用蒸気機関車 - きむらたかし@三田用水 URL

2018/07/04 (Wed) 09:45:02
























〔主屋の〕

下北沢X物語(3551)―活動10年:地域風景資産―
http://blog.livedoor.jp/rail777/archives/52071544.html

でふれられている、小田急の敷設工事中に中原の斎田孝さんが見たという蒸気機関車

旧官鉄600型の621号、同700型の703号のどちらかということになります。

まず、現物そのものの写真がある703号

保育社カラーブックス「小田急」所掲

Re: 小田急の工事用蒸気機関車 - きむらたかし@三田用水 URL

2018/07/04 (Wed) 09:52:26





















〔次いで…〕

600型とほぼ同形式の500型の型式写真(ボイラーの圧力が違う)。
〔機關車知識普及會「写眞解説 機關車進歩の跡」交友社/S15・刊 所掲〕

ほとんど700型とも同形式ですが、ボイラーの上のドームの数が違います。

Re: 小田急の工事用蒸気機関車 - きむらたかし@三田用水 URL

2018/07/04 (Wed) 11:11:48

〔ついでに…〕

戦時中の昭和19年に試験入線した
C58

詳細は
下北沢X物語(3167)~戦時小田急入線幻のC58?~
http://blog.livedoor.jp/rail777/archives/52033500.html
のコメント1をご参照

成城大学の巡検 - きむらたかし@三田用水

2018/07/03 (Tue) 17:31:12

〔7月1日…〕

成城大学の境教授と同ゼミの学生さん5人が、Dr.オースティン写真の旧跡の巡検に来られました。

案内役は、当会の Star Fighters (2人の行動パターンから、別名「弥次さん喜多さん」ともいう)の米澤さんと藤井さん。

午後0時過ぎから3時過ぎまでのスケジュール終了後、聞くところによると、有志がシモキタのまちに再出撃した由。

Re: 成城大学の巡検 - きむらたかし@三田用水

2018/07/03 (Tue) 17:33:30

〔男の子の写真も載せなきゃ〕

男女とも「世が世なれば孫かよ!」って人たちでした。

いや、それにしても暑かった。

前日、九段下の図書館で調達してきた、近世の江戸の材木取引の文献も読まなければいけなかったので、早々にGHQこと自宅に退避させていただいたのですが、GHQもメチャクチャ暑い。

寄贈図書 - 北沢川文化遺産保存の会

2016/01/05 (Tue) 18:40:28

〇寄贈図書 夢二研究会 宇賀勇夫氏より
 「夢二研究会 会報 第13号 創立20周年記念特集 2015年12月5日発行
 
 初代『夢二会』折り折り 竹久みなみさんの記事にはこうあった。
 雑司ヶ谷の墓地の「夢二墓碑」の「台石は、曾て夢二が住んだ、世田谷松原の少年山荘にあった自然石」だとのこと。また、宇賀さんからは、「夢二情報があったらぜひ知らせてほしい」とのこと。

Re: 寄贈図書 - きむらたかし@三田用水 URL

2016/01/05 (Tue) 21:31:36

[当日の旗振り役だった…]

楠さんにはお知らせしたのですが、昨年の三田用水ツアーで寄り道した、恵比寿伊達跡の「1月だけの夢二宅」、当方のWeb中
http://homepage3.nifty.com/baumdorf/KimuTaka/HalfMile/SxSyounennSansoh.htm
の末尾に追記してあります。

夢二の墓石 - きむらたかし@三田用水 URL

2016/01/08 (Fri) 16:52:09

Wikipedia に写真がありました。

https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/7/7d/%E7%AB%B9%E4%B9%85%E5%A4%A2%E4%BA%8C.jpg

Re: 寄贈図書 - きむらたかし@三田用水

2016/01/11 (Mon) 08:46:36

[宇賀さんから…]

こちらにも送っていただいたので、お礼のお手紙に、当方のWebの該当部分のハードコピーを同封しました。


夢二「出帆」挿絵の原画の展示 - きむらたかし@三田用水 URL

2018/06/01 (Fri) 16:46:13

[「東京ステーションギャラリー」で…]

開催中の
千代田区×東京ステーションギャラリー「夢二繚乱」
会期:2018年5月19日(土)- 7月1日(日)

個人的には、ほかのは「はっきりいって、どうでもいい」のですが(願わくば、夢二撮影の写真を展示してほしいところ)、「おおっ」と思ったのが、これ









「見どころ③ 初公開!
 自伝小説『出帆』挿絵原画

発表当時大きな話題となった『出帆』には、134点の挿絵が付けられました。本展では、この挿絵原画全点を一堂に初公開します。…
『出帆』原画 昭和2(1927)年 千代田区教育委員会蔵」

あの、玉電高井戸線を走り始めた電車を、夢二が、その少年山荘の「露台」から描いた絵をみることができそうです。

寄贈図書2 - きむらたかし@三田用水 URL

2018/06/08 (Fri) 20:34:26

〔去る2012年3月4日…〕

松原にあった夢二の(一応)終の栖、少年山荘のツアーを主催された、金沢市の楠英介さんから、これまで書かれたブログの記事に校訂を加えて書籍化された
「夢二の恋、友、旅」
をお送りいただきました。
 10年がかりで書きためた、夢二の足跡を辿る旅の記録の集大成だけあって、全146+18ページという大部のもので、この書籍化のために、プリンタ(と、ステップラー)を新規に購入された由。

 私が独り占めするのも問題ですし、多くの方に読んでいただけるように、後日邪宗門に常備することにしたいと思います。

 なお、書籍をご希望の方は、800円+送料300円(郵便振込)で頒けて下さるそうですので、
https://blog.goo.ne.jp/mojiroutakehisa/e/7da993a819c4e80cf6fe849cb8ca9434
をご覧ください。

[写真は、書籍の表紙。上部は、2012年の折楠さんから頂いたネーム・タグ]

Re: 寄贈図書 - きむらたかし@三田用水 URL

2018/06/09 (Sat) 06:40:52

〔「夢二繚乱」展を…〕

開催中の東京ステーションギャラリーの回廊では、
「イザベラ・バード展」
も開かれている由。

これは、何がなんでも会期中にゆかねば。

Re: 寄贈図書 - きむらたかし@三田用水

2018/06/24 (Sun) 14:09:22

〔昨日…〕

楠氏の「夢二の恋、友、旅」を邪宗門に持っていって、その常備品として移管しました。

夢二の作品には興味があっても、経歴や旧居*に特段の興味のない方もおられると思いますが、そのような方にとっても、夢二作品の展示施設(執筆後閉館したものについては、注記あり)の探訪記は有益だと思います。

*〔松原の少年山荘〕
http://baumdorf.my.coocan.jp/KimuTaka/HalfMile/SxSyounennSansoh.htm

Re: 寄贈図書 - きむらたかし@三田用水

2018/06/27 (Wed) 19:21:49

〔会期末ぎりぎりになってしまいましたが…〕

「夢二繚乱」展、行ってきました。

会期末のせいか、さほど広くない(といっても、東京駅
北口ドーム下の2階と3階をフルに使っているので全体の面積はそこそこあるのですが、個々のスペースごとにみるとはやや狭苦しい)会場は、ウイークディの午後でもあり、主に女性陣(何の意味があるのかわかりませんが、全員着物姿のマダム10数人の集団もいました)と、明らかにそれにつき合わされて疲れていること見え見えのシニアの男性陣で、場所によっては通り抜けしにくいほどいっぱい。

こちらは、突き詰めれば、小説「出帆」の、しかも、下高井戸近くを描いた挿絵2枚だけが目当てでしたので(実は、ほかにも世田谷というか松原近辺を描いた作品がないかかと探したのですが、見当たらず)、展示後半のそこまでなかなか行き着けません。

そんなときの鑑賞方法は、遠目で会場内を見回して「おおっ」と感じる「力のあるもの」だけに近付いて見るのがコツ。

今回も画題は忘れましたが、会場に入ってすぐの、後の俗称夢二調とは一味も二味も違っていて、しかも、遠くからでも「夢二の最初の」というか「唯一の」妻である他万喜さんであることが一目でわかる軸装の日本画。

もう一つは、そこから確か2室奥の、非常に小さな緑色バックの子供のための絵葉書の原画でした。

PS:2階回廊のイサベラ・バード展、ほとんど既知の展示内容だったのですが、それでも面白かったのはバードの携行食料
 「レーズン、チョコレートそしてブランデー」
と、お好みだったといわれる日本のお菓子
  「甘納豆と干菓子」
でした。

エト邦枝の墓所 - 北沢川文化遺産保存の会

2018/06/12 (Tue) 09:35:35

下北沢一番街で歌謡教室を開いていたのはエト邦枝です。カスバの女を歌っていた歌手。代田の帝国音楽学校を出ている

 当地ゆかりの歌手です。この人のファンから彼女の墓所が知りたいとのこと、どこに埋葬されているのか。ご存じの方、情報をよろしく。

伊藤文学さん情報 - 北沢川文化遺産保存の会

2018/06/11 (Mon) 09:04:33

〇「週間文春」6月14日(木)
 「新・家の履歴書」
  伊藤文学86歳の誕生から今日まで

〇NHK教育テレビ
「Love 1948~2018」に出演
 日時 6月16日(土)23時より 

「東から下北沢、西から松原が押し寄せてくる」 - きむらたかし@三田用水 URL

2018/05/20 (Sun) 10:48:08































〔タイトルの…〕
ように、代田を評したのが、当の代田の古老、今津博さんでした。

感覚的にはなんとなくわかるものの、さて、何か裏付けは…とかねがね思っていたのですが、偶然、何と、それを「数値化」した「論文」が見つかりました。

大佛 俊泰 外「建物名称の空間分布からみた地域イメージの魅力度分析」日本建築学会計画系論文集 69 巻 (2004) 576 号 101-107

https://www.jstage.jst.go.jp/article/aija/69/576/69_KJ00004227016/_pdf/-char/ja

結論は、(論文の)p.104の「表1」にあるので、画像で引用しますが、魅力度の数値は、やや乱暴にくくると(詳しくは論文の本文で)ある名称の駅や町から、離れた場所の建物にも、その名称が使われる傾向の大小を示しています。

世田谷の断トツは、二子玉川で、下北沢は実質2位(しかも、駅名しか命名要因がない)。松原は18位、代田は今津説の示唆するとおり57位。

池ノ上が魅力度4.42とされてるところからみると、おおむね、5.0ポイント前後から上が「本当は違うけど付けたくなる名前」と考えてよさそうです。

文士町文化地図第8版用追加考証 - きむらたかし@三田用水 URL

2018/04/21 (Sat) 16:46:43



























〔下北沢341〕

見晴荘という下宿屋(というより、下記の巽らのいるところへ新美が転がり込んだような印象なので、アパートの可能性が高いか)に

新美南吉 〔童話作家:ごんぎつねで有名〕

なお、いずれも白秋の弟子で童謡詩人の
巽聖歌、与田準一、薮田義雄
と昭和6年半ばから、東京外語に入学するまでの7年春まで同宿していた由。

http://blog.livedoor.jp/rail777/archives/51991868.html
参照

(以上、愛知県の新美研究家の山本達郎氏のご教示による)

追って、画面中の「文紀堂書店」消滅しています

Re: 文士町文化地図第8版用追加考証 - きむらたかし@三田用水 URL

2018/05/04 (Fri) 09:27:38

〔新美と巽〕

2人の現・中野区上高田時代を中心とする交流について、
中野区立中央図書館のデジタルライブラリ中に
同館の企画展の図録、

巽聖歌と新美南吉-友情と名作を育んだ上高田-
[企画展示「中野区ゆかりの著作者紹介」第10回 地域の著作者紹介シリーズ]
http://archive.nakano-library.jp/mirador/809677941/

がありました。

白秋も訪ねてきたという、北沢のミハラシ荘についても、その7ページ目に少し言及があります。

Re: 文士町文化地図第8版用追加考証 - きむらたかし@三田用水

2018/05/19 (Sat) 21:52:36

[永瀬清子]

先の、愛知県の山本氏から送っていただいた
永瀬清子「かく逢った」編集工房ノア・刊 中
「巨木の倒れ -横光利一氏追悼」pp.232-242
の非常に「論理性の高い」文章を「素直に解釈」すると、こうなります。

在住は、昭和8年(帝都線開通)以降、昭和20年まで


Dr, Austin & Mr. Iida's picture brochure Part 2 - きむらたかし@三田用水

2018/05/06 (Sun) 13:55:00





















「下北沢の戦後アルバム」掲載の飯田勝氏の作品中…

最後まで特定できなかった「北沢4丁目」(アルバムページ右下)の描画位置が、会の強力取材陣の一員、作道敬子さんの、松本清張の「砂の器」の今西刑事ばりの「靴底」ならぬ「電動自転車のタイヤを擦り減らす聞き込み捜査」の成果で、森厳寺川跡沿いの数年前に建替えられた家であることが判明しました。

この機会に、本日、6枚全部について、改めて「今昔写真」を撮ってきましたので、順次アップロードします。

Re: Dr, Austin & Mr. Iida's picture brochure Part 2 - きむらたかし@三田用水

2018/05/06 (Sun) 13:59:22

図版右上・代沢三叉路南西角

Re: Dr, Austin & Mr. Iida's picture brochure Part 2 - きむらたかし@三田用水

2018/05/06 (Sun) 14:00:52

図版右中・旧東北沢3号踏切

Re: Dr, Austin & Mr. Iida's picture brochure Part 2 - きむらたかし@三田用水

2018/05/06 (Sun) 14:02:18

図版右下・北沢4丁目

Re: Dr, Austin & Mr. Iida's picture brochure Part 2 - きむらたかし@三田用水

2018/05/06 (Sun) 14:03:54

図版中央・下北沢バス折返所

180609 画像差替え

Re: Dr, Austin & Mr. Iida's picture brochure Part 2 - きむらたかし@三田用水

2018/05/06 (Sun) 14:05:46

図版左上・スズナリ前から東北沢4号踏切

Re: Dr, Austin & Mr. Iida's picture brochure Part 2 - きむらたかし@三田用水

2018/05/06 (Sun) 14:07:06

図版左下・東北沢6号踏切

遊歩道開通 - 米澤邦頼

2018/04/28 (Sat) 14:21:30

小田急線 元東北沢4号踏切から東北沢駅への遊歩道が開通(仮?)しました。

特別展「渋谷駅の形成と大山街道」 - きむらたかし@三田用水 URL

2017/10/17 (Tue) 18:46:54





















[標記の特別展が…]

白根記念渋谷区郷土博物館・文学館 で
平成29年10月28日(土)~平成30年1月21日(日)
開催されます。

https://www.city.shibuya.tokyo.jp/edu/koza/12kyodo/tenrankaishousai.html#15

展示物の提供(何かは見てのお楽しみ)など、少しばかりお手伝いさせていただいた折に聞き及んだところによると、西隣の世田谷区東北部、とりわけ帝都線や玉電沿線の住民にとっての見所は…

・明治18年に日本鉄道品川線(現・山手線)開通時に、今の湘
 南新宿ラインの渋谷駅(俗称・南渋谷駅)のところに、渋谷
 駅が開業して以来の変遷を、とくに大山街道を走った玉電や
 市/都電の停留場との関連を含めて示す展示
そして
・昭和39年のオリンピックを前に、首都高速3号線工事の進む
 東口駅前を中心に再現したジオラマ
  このジオラマ、かつて、東急プラザの閉館直前の展覧会
  で見たのですが、ヤジロベエ式の首都高3号線の橋桁工
  事、東横百貨店屋上の遊戯施設、工事中の東口周辺の道
  路の「ヤレ」た路面、など感動モノでした(写真は、そ
  の折のもの)

・渋谷駅からハチ公バスが使えるので、交通費低廉
・60歳以上入館無料(要証明資料提示)
https://www.city.shibuya.tokyo.jp/est/kyodo/index.html
なので、是非お運びを。

「上水記展」@東京水道歴史館 - きむらたかし@三田用水 URL

2017/10/20 (Fri) 10:19:50

[秋のイベントもう一つ]

東京都水道歴史館(水道橋近く!)で
29年10月28日~11月5日
と、こちらは、史料(上水記原本)の劣化予防のためか短期開催

詳細は、下記リンク先で
http://www.suidorekishi.jp/event.html#event_josuiki

Re: 特別展「渋谷駅の形成と大山街道」 - きむらたかし@三田用水

2017/11/02 (Thu) 18:55:11

〔「上水記展」@東京水道歴史館〕

「一度は『上水記』の原典を見なければ」という一種の義務感もあり、また会期も短いことから、10月31日に、たまたま「外回り」の用事の後で立ち寄ってみました。

各地で出土した、上水の木製の埋樋の現物が展示されていて、その一部は「触ってよい」というのはありがたいのですが、写真撮影禁止というのは、これからオリンピックが来る東京都の機関としては「グローバル・スタンダード違反」でした。

「何とかしろよコイケ」という気分で、館をあとにしたのですが…

ひょこっと周辺を見回すと、玄関を出てすぐ左に細い通路。

実は、この場所、東京都水道局の「本郷給水所」の敷地らしいのですが、通路に沿って裏に回ると、何と神田上水の石積みの白堀(開渠)が復元されています。


Re: 特別展「渋谷駅の形成と大山街道」 - きむらたかし@三田用水 URL

2017/11/06 (Mon) 15:24:34

〔地図で見る世田谷〕

世田谷区立郷土資料館 で
平成29年10月28日(土曜日)から12月3日(日曜日)まで
開催。

http://www.city.setagaya.lg.jp/event/1991/d00155970.html

詳細は、ここ
http://www.city.setagaya.lg.jp/event/1991/d00155970_d/fil/dayori67.pdf

何といっても、「ほとんど宝箱」のDVD付き図録が魅力です。

Re: 特別展「渋谷駅の形成と大山街道」 - 北沢川文化遺産保存の会

2017/11/06 (Mon) 18:58:07

「ヤジロベエ式の首都高3号線の橋桁工事」は良く覚えています。渋谷警察署の裏手で小父が徽章店を営んでいて、よく手伝っていました。東急文化会館の前の電車プールから須田町行きの電車にはよく乗りました。
 何となくうっすらと記憶にあるのですが、確か、ディビダーク工法とか言っていたように、検索で調べたら合っていた。

・渋谷警察側の道路予定地に中華料理屋さんがあって、この焼きそばは美味かった。今でも思い出します。
 ちょっと忙しいけど会期中には行こうと思います。

Re: 特別展「渋谷駅の形成と大山街道」 - きむらたかし@三田用水

2017/11/07 (Tue) 22:53:36

〔地図でみる世田谷〕

世田谷郷土資料館の特別展に
「図録が売り切れてしまう前に」
と、今朝アサイチで寄ってきました。
   
 図録+そのpdfを収録したDVD+職業別明細図のレプリカ付き。

 内容は、もう世田谷の地図だらけ(画像は、そのインデクス・ページ)。
 収録画像も世田谷全域の図となるとさすがに苦しいのですが、地域を限った図だと、細部の文字まで読み取れる高解像度です。

 冊子版の図録の厚さも約1センチとものすごいものでした。

 いや、手に入れられてよかった。

Re: 特別展「渋谷駅の形成と大山街道」 - きむらたかし@三田用水

2017/11/08 (Wed) 08:56:06

〔地図でみる世田谷〕

大日本職業別明細図では、下北沢あたりが込み入っていて、図録のデータでは細部が読み切れませんので、接写してきた写真を加工しました。

これは、昭和7年版の世田谷中原付近(11月26日再々撮影版)

12年版は図録の附録のレプリカで十分読み取れます。

PS:こうなると欲がでてきて、もっと鮮明なデータが欲しくなります。
  ノンフラッシュなら展示物の撮影OKなので、会期中にもう一度は接写に強いレンズ付きのカメラで、昭和7年図と10年図の下北沢~代田地域を撮って来たいと思います。

【追記】
で、撮ってきました。

http://baumdorf.cocolog-nifty.com/gardengarden/2017/11/post-1291.html

Re: 特別展「渋谷駅の形成と大山街道」 - 北沢川文化遺産保存の会

2018/01/12 (Fri) 19:04:40

やっと特別展に出かけた。
 國學院大學の側なので図書館に行った。
 ①当会の「ダイダラボッチの紀要」の寄贈。
   目を通してから収蔵を決める。
 ②貴館に所蔵されている「ダイダラボッチ」についての
  論考を閲覧したい。 居住区の図書館の紹介状を

 特別展、当然ですが写真撮影禁止。
 ネットでは「海外の美術館は、撮影OKのところも多くて初めて海外の美術館に行ったときは、カルチャーショックでした。」とあった。どうも日本の場合は杓子定規だと。

 受付の人はかなり知識レベルの高い人でだいぶ話こんだ。
 当会の、文化地図を送りますと約束した。

 きむらたかしさんを知っている学芸員の人はいなかったけれど、名刺をおいてかえったら本人から電話があった。

 渋谷区に居住した文人と文士町に居住した文人との繋がりがあまりないように思った。

Re: 特別展「渋谷駅の形成と大山街道」 - きむらたかし@三田用水

2018/01/13 (Sat) 01:13:43

[世田谷と渋谷]

>渋谷区に居住した文人と文士町に居住した文人との繋がりがあまりないように思った。

確かに、双方に共通しているのは、竹久夢二位しか思い至りません。
 しかし、画家では、高須光治は、代々木山谷に住んだ岸田劉生の直弟子ですね。

>受付の人はかなり知識レベルの高い人でだいぶ話こんだ。

 確かに、あのおばちゃん、気配り経験知ともに、かの地の小説に出てくる、英国の図書館の女性ベテラン司書を髣髴とさせる面があります。

Re: 特別展「渋谷駅の形成と大山街道」 - きむらたかし@三田用水

2018/04/22 (Sun) 16:45:53

〔「地図でみる世田谷」展の…〕

図録054ページの「北沢四丁目案内図」(s11)

「セロハン工場」の下の「電気屋」って、三十尾さんのお家ですよね?

 しかし、改めて池ノ上地区を眺めてみると、昭和36年にこちらに引っ越してきたときには、結構この地図の時代のお店が意外に残っていたのですねぇ。

 

北澤八幡神社 - きむらたかし@三田用水 URL

2018/03/31 (Sat) 22:14:30

矢島宮司さんのインタビュー記事がありました

下北沢の守護神が経験した戦争・戦後―「北澤八幡神社」物語

https://www.70seeds.jp/shimokita-110/


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